結婚するって本当ですか


その4・引っ越し➃



夕食のあと風呂がすむと、アルはさっさと部屋に引っ込んでしまった。オレはどうにも寝室に行く気になれなくて、リビングのソファに寝転がっていた。
昼に大佐がくれた旅行のパンフレットを眺めてみる。どれもカップル向け。観光よりはホテルのグレードを強調している。オレはため息をついた。

結婚たってオレ達は男だ。こんなの意味はないんじゃないか?花が飾られたスイートルームの写真ではハンサムと美人が嬉しそうにバルコニーから外を見ている。並んで腰に手を回し、べったりとくっついて幸せそうだ。オレと大佐はそんなんじゃないだろ。こういうのはこういう美男美女がやるから絵になるんであって、男同士じゃ変だよ。なんか違う。

パンフレットを投げ出して、無機質な室内を見回した。
家具屋のショールームにいるみたいな気分にさせるリビングは、どっか寒々しい感じがする。きれいで整っていてすっきりしていて、だから余計に馴染まない。

結婚することの意味をよく考えろ、と少尉は言っていた。それはどういう意味なんだろう。大佐はなんでオレと結婚したいなんて思ったんだろう。


まとまりのない思考に疲れて、眠ろうと目を閉じかけたとき玄関のドアが開く音がした。

体を起こすと、すぐに家主がリビングに入ってきて驚いた顔でこっちを見た。

「鋼の。なんでこんなとこで寝てるんだ?」
急いで傍に来る大佐に、オレはどう言っていいのかとちょっと悩んだ。
「……いや、別にここで寝ようと思ってたわけじゃ……」
大佐はソファの下に転がっているパンフレットを見て、どこにするか決めたか?なんて言いながらオレの手を引いて立ち上がらせた。
「寝室がどこにあるかはわかっただろ?こんなところで寝ては風邪をひくよ。ちゃんとベッドに行きなさい」
「………うん……でも」
「パンフレットはまた明日見ればいいよ。私はきみと一緒ならどこでもいい。好きなところに決めてくれ」
大佐はオレの手を握ったまま階段を上がっていって寝室のドアを開けた。
昼間見た広い部屋が、明かりに照らされるとさらに広く見える。家具が少ないからか、大きなベッドがやけに目立った。
「私は風呂に行ってくるから、先に寝ていていいよ」
大佐は部屋に入ったところでオレの手を離し、クローゼットの扉を開けて着替えを取り出した。着ていた上着は脱いで傍に置いてある小さなチェアに無造作に投げる。慣れた仕草に、ここが大佐の部屋なんだなと初めて実感した。同時に居づらくなる。今まで他人の部屋どころか家にもあまり入ったことがないのに、初めて入った家で寝室にまで入るなんて。ここは本当にオレがいていい場所なんだろうか。

「どうした、鋼の」
怪訝な顔の大佐にごまかすみたいに首を振ってみせるが、オレの足は前に進んでくれない。

大佐の家。大佐の部屋。
今から家族になるんだから、ここは他人の家じゃないんだ。今日から自分の家なんだ。
でも、いくらそう言い聞かせても体は動いてくれなかった。

大佐はオレの傍に来て、不安そうな顔をした。
「鋼の、もしかして一緒に寝るのが嫌なら私はソファでもいいよ」
違う。そんなんじゃない。だけど、どう言えば伝わるのかがわからない。
「……えーと、もしかして怖くて不安なら……今日はなにもしないから」
なにもってなに。なにする気だったの。とか突っ込みたかったけど声が出ない。
「鋼の……なにか怒っているのか?気にいらないことがあるなら遠慮なく言ってくれないか」
怒ってない。強く首を振ってみせると大佐は少し安心したような顔をした。

こんな大佐は初めて見る。不安そうで、なにかを恐がっているような。

オレは下を向いて、ようやく小さな声を絞り出した。

「……あの、ここは大佐の部屋だから……」

だからなに?と大佐が先を促してくる。急がせないでくれよ。どう言えばいいのか考えてるんだから。

「だから……オレの部屋じゃなくて……その」

この家はよそよそしい。本当に自分がいていいのか不安になる。

やっとでそれだけ言うと、大佐は改めて部屋を眺めた。それからちょっと考えて、オレのほうへ手を差し出した。
「なに?」
「いや、ひとの部屋に勝手に入るという気分が嫌ならまず最初は私がエスコートしようかと」

大佐はオレの手を取って部屋の中へと軽く引っ張った。

「どうぞ、鋼の。今日からここがきみの寝室だよ」

あほらし。とは思ったが、引かれて自然に足は前に出た。
そのままベッドのほうへと連れて行かれ、ぼすんと座らされた。見た目通り、すごく柔らかくて気持ちいい。大佐は横に座って、オレを見つめたまま笑った。

「この家は中央に来てから買ったものなんだが、寝るためにだけ帰るようなもんでね。おかげで自分が必要なものしか置いてないし、家の中もすべて使っているわけじゃない。昨日掃除に来てもらうまでは埃がすごくて汚かったよ」

オレの手を握る大佐の手は、ちょっと汗をかいていた。少しだけ震えている。
緊張してんのか?と思って見つめ返すと、大佐は困ったような顔でまた笑った。


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