結婚するって本当ですか


その4・引っ越し➂


「うん、それは大変な問題だな」
少尉がたばこをくわえたまま難しい顔で頷いた。
「だろ?やっぱ、なんも知らねぇのはちょっとなぁ」
軍用車の助手席から少尉を見てオレが言うと、少尉は首を振った。
「大佐のことをじゃなくて、大佐の言ったことの意味がわからんおまえが大変なんだよ」
「………へ?」
後ろの席でアルがくすくす笑う。弟にはなんのことだかわかるらしい。なんなんだ、この疎外感。

大佐の家への道順を少尉に聞いたら、ついでがあるから送ってってやると言われて車に乗せてもらった。今、オレ達は閑静な住宅街を走っている。どこを見ても立派なでっかい家ばかりで、なんだかちょっと心細い。
紛らわすようにさっきの大佐とのやりとりを話し、結婚するってのに相手のことをなにも知らないのはまずいよなぁなんて言ったら降ってきた少尉の謎の言葉とアルの小馬鹿にしたような笑いに、オレはかなり不機嫌になった。

「なんだよ、どういう意味だよ」
拗ねた口調で聞くと、ほんとにわかんないの?とアルがまた笑った。天然記念物だよね兄さんて、とか言われてまたムカつく。

「着いたぞー」
少尉が車をとめて言った。傍の門柱の向こうは、時代がかった古めかしくも豪勢な邸宅だった。
車を降りてもなお家を見つめたまま呆然と動けないオレを少尉が促して玄関へ。アルが鍵を差し込んだが、その手も緊張でちょっぴり震えていた。

「大将、結婚てどういうことかしっかり考えとけよ。でなきゃショックがでかいぞー」
少尉はまた謎に満ちた言葉を残して笑いながら車に戻った。手を振るアルに応えて手をあげて走り去る。なんだか軍人よりタクシーの運転手のほうが似合いそうだ、とか関係ないことを考えた。



開けて入れば、外観に違わず豪華な邸内にまたオレ達は立ち尽くす。家具は少ない。それが余計に家の造りの豪華さを引き立てるみたいだった。
けど、生活感がない。
高級住宅のモデルハウスのように、なんだか無機質でよそよそしい雰囲気がした。

掃除が行き届いていることに感心しながらリビングを探検すると、テーブルの上にハウスクリーニングの領収書を見つけた。日付は昨日。なるほど。
アルは早速奥へ走って行き、自分の部屋になる場所を発見したらしくはしゃいだ声をあげた。
「兄さん、ここがボクの部屋だよね?すごい立派だよ!いいのかなぁ」
行ってみると、さほど広くはないけど瀟洒な造りの客間にアルが立ってまわりを見回していた。家具はベッドだけで他にはなにもない。ベッドも新品みたいだった。もしかしたらオレ達が帰るのに合わせて大佐が買ってきたのかもしれないと思った。それほど、ここは人が使った形跡がなかった。掃除したからとかそんなんじゃなく、誰かが生活しているという感じがない。

嬉しそうにきょろきょろするアルを置いて、オレは他のドアを開けて回った。でも、他に客間はないようだ。
「なぁアル、オレもアルと同室なのかな」
声をかけたらアルが振り向いた。は?とか間抜けな返事をする弟を怪訝な顔で見て、オレは他に空いてる部屋がないと言った。
「だからさ、ベッドもうひとつ要るよな。それシングルだから狭いし」

「………………」

返ってきたのは沈黙と痛い視線。
そんなに兄ちゃんと一緒は嫌なのか。アル、おまえはいつからそんな子になったんだ。兄ちゃんは悲しいぞ。

「いや、違うから。嫌とかそういう問題じゃなくて」
アルは呆れたような軽蔑したような顔でオレを見て、それから上を指差した。
「玄関ホールに階段あったでしょ?寝室はきっと上だよ」

階段を弟に引きずられるようにして上がり、まずは手前のドアを開けた。アルが。オレはなんだか嫌な予感というかそんな感じで、できれば寝室はいらないからリビングのソファで暮らしたいとか思いながらそれを見ていた。

「あ、ハズレ。書斎だ」
「見せて」
「ダメ」
「ケチ」
アルはさっさと閉めて、次のドアを開けた。
「む。ここもハズレ。バスルームみたい」
下にもあったのに上にもあるのか。まぁそれなら争奪戦はしなくてすむな、とか呑気に考えていたら、最後のドアを開けてアルがにこやかに振り向いた。

「ここだよ、大佐の寝室」

覗くと、やたらに広い部屋の真ん中にやたらにでかいベッドがひとつ置いてあった。

ひとつしかない。

オレは目眩がしてふらついた。


大佐と一緒?

ひとつしかないベッドで?



………マジですか?




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