結婚するって本当ですか



その4・引っ越し



体を取り戻したら結婚しよう。

オレと大佐は、そんな約束をした。

……らしい。

いやだってさ、冗談だと思うじゃん普通。オレ達どっちも男だし、付き合ってたわけでもないし。

大佐は「結婚してくれる人にアテがなくてね」なんて笑うし、真面目な雰囲気でもなかった。場所は執務室だしアルもいたし。

だから「はいはい、じゃーそんときはヨロシクな」とか、適当に気軽な返事をしたんだ。

まさか本気だなんて思わなかった。タラシなあいつにアテがないなんてあり得ない。それこそよりどりみどりなはずだ。あいつに堕ちない女なんてホークアイ中尉くらいしかいないんじゃないか。

だから忘れてたんだ。きれいさっぱりすっかり記憶から削除して、オレは体を取り戻したことをアルを連れて意気揚々と報告しに司令部を訪れて。

そのまんま、夕方には婚約指輪なるものを左手の薬指にあいつの手でしっかりとはめられてしまった。



「兄さん、なんでも冗談にして適当に返事するクセやめたほうがいいよ」
汽車に揺られながら憮然と指輪を眺めるオレにアルが笑いながら言った。
「うるせー」
オレはそれしか言えなかった。図星だからだ。ちくしょー。

「でもよかった。ボクほっとしたよ」
アルは笑顔のまま窓の外を見た。外は真昼の日差し。田園風景がきらきらと輝いて見えた。
「兄さんさぁ、あとのことなんにも考えてなかったでしょ。いつもそうだよ、ボクのことしか考えないんだ。今までは目的があったからそれでもよかったけどさ」
オレは黙っていた。そんなんじゃなく、単におまえの体を取り戻すのが目的だったからそれしか考えてなかっただけなんだ。でもそれを言ったら、兄さんの手足はどうなのさと言われるに決まってる。そんなのどうでもよかったなんて、言ったら叱られそうだ。

オレは自分の右手を見た。生身の手はまだしっくりこない。鋼のままのほうが喧嘩のときは便利だったかもしれないな、なんて言ったらこの弟はきっと泣いて怒るから言わないけど。

「だからね、なにもかも終わったあと、兄さんがどうなるのかボク不安だったんだよ」
アルは相変わらず外を見つめている。汽車は小さな駅舎を通過していた。いつだったか、ここにも降りてみたことがあった。アメストリスの国にオレ達が降りてない駅なんてないんじゃないかとぼんやり思った。
「ボクはほら、時間が兄さんよりもたくさんあったから。1日の24時間を全部使えてたからね。旅が終わったらどうしよう、なにをしようって色々考えたりしてたんだ。でも兄さんは忙しくてそれどころじゃなかったし」
アルは景色じゃなく、違うものを見ているようだった。以前旅していた頃のことを思い出してるんだろう。汽車はいつも乗っていた。こうして揺られていたら、あの頃に戻ったような気分になる。

けど、あのときとはやっぱり違う。アルはふとこっちを見て、横に置いた布バッグから水筒を出して、紙コップに冷たいコーヒーを注いでくれた。オレにひとつ。それから、もうひとつ。
バッグの中から今度はバスケットを出して蓋を開ける。サンドイッチがたくさん入っていた。

一緒にお昼を食べるなんて、あの頃にはできなかった。ツナサンドをひとくち食べておいしいねと笑うアルに、オレも笑顔になった。

「ボクはほんとに気になってたんだよ。突っ走るばっかで休まない兄さんが、目的を果たしたあとどうなるのか。でも」
アルは次のサンドイッチに手を伸ばしながらにっこり笑った。
「よかったよ。気が抜けて、しぼんだ風船みたいになっちゃったらどうしようって思ってたから。大佐のおかげで、兄さん気を抜く暇がないもんね」
「………なんだそれ」
タマゴサンドをもくもく食べながら、オレは嫌な顔をしてみせた。タイムリーなことに卵の殻が入っていて、じゃりっと噛んでしまった。
「司令部行った日からもう、休む暇もないじゃん。式の準備や招待状を送ったり渡したり。帰ったら引っ越しがあるだろ?」
「引っ越しったって、オレら荷物なんかないし…」
セントラルに戻ったら、宿じゃなく大佐の家に行く。
それからずっとそこで暮らすなんて、なんか考えるだけで変な気分だ。
「荷物がないから大変なんじゃない。服やなんか買わなきゃだし、家具とかも。ボクの部屋は客間だからベッドしかないって大佐が言ってたもん」
ボクはその合間に学校の手続きしなくちゃ、とアルは嬉しそうに言った。

オレはどうにも実感がわかなくて、そんなに色々考えられない。

大佐の家で暮らす。
そこが自分の家になる。
信じられない。まだ嘘みたいだ。
だいたい大佐んちなんて行ったことがないんだし。どんなとこなのかイメージがわかない。
客間があるくらいだから、広い家なんだろうなと思うけど。

窓の外は田園風景が少しずつ変わって、家や店が増えてきた。もうすぐセントラルに着く。

「片付けようか」
アルが言って、まだサンドイッチが少し残っているバスケットの蓋を閉めてバッグにしまった。オレは急いで残りのコーヒーを飲み干した。




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