結婚するって本当ですか


その3・ご挨拶


「………けっこん」


そう言ったきり黙ったウィンリィの視線が痛くて、エドワードはピナコに目を移した。しかしこちらは固まったまま、目を見開いて動かない。気絶したのか?エドワードは思わず手をピナコの顔の前でひらひらさせてみた。やはり動かない。もういいや。

投げ遣りな気持ちになって、エドワードは窓の外を見た。青空がどこまでも広がり、秋の草花があちこちに咲いている。ああ、鳥になれたらなぁ。どっか遠くへ飛んでって、誰も来ないところで一生寝ていられたら。

「というわけだから、来月はぜひセントラルに来てね」
沈黙に耐えきれなくなったアルフォンスがようやくそれだけ言い、じゃ行こうかと兄の肩を叩いた。それへ頷いてエドワードがドアに向かおうとしたとき。

「逃げる気?」

地を這うような声でウィンリィが言った。

「しっかり聞かせてもらうわよ、エド。どういうことかしら」

本気で鳥になりたい。エドワードは外へ通じるドアが果てしなく遠くなった気がした。



「あたしはね、別に反対してるんじゃないのよ」
ウィンリィはテーブルに乗り出して反対側に座るエドワードを睨んだ。
「水臭いって言ってんの!結婚が決まるまで黙ってるなんて!なに、そんなにあたしってあんたにとって無意味な存在なわけ?」
「いや、まぁそんなんじゃないから。落ち着いて」
横からアルフォンスが言ったが、ウィンリィはじろりと睨んだだけでエドワードに向き直った。
「だって、マスタング大佐と付き合ってるってことすら聞いてないのよ。なによ、いきなり結婚て!」
エドワードは他人事みたいな顔でウィンリィを見つめた。うん、オレだって結婚なんて知らなかったよ。いつのまにそんなに仲良くなったのかなぁ、オレと大佐って。あはははは。
「で、馴れ初めは?どっちから告白したの?」
「あ、それは大佐だよ。そりゃもうずっと、会うたび口説いてたから」
アルフォンスが代わりに答えた。ウィンリィはそっちに向き直り、そうだったの?とかなんとかはしゃいだ声をあげる。
うん、毎回ウザかった。でもねウィンリィ、オレはアレは全部あいつの冗談だって信じてたんだよ。
「だってエドも男じゃない?一応。大佐ってば勇気あるわよねー」
ウィンリィの声が遠くに聞こえる。エドワードはぼんやりテーブルにかかったクロスの刺繍を眺めた。一応っつかマジでオレ男なんだけどな。大佐は関係ないよとか言うけど、あるだろ普通。なんで男のオレが男の大佐と結婚なんだ。
「ドレス着るのよね?どんなの?やっぱり白?」
憧れるなぁ、とウィンリィがため息をつく。エドワードは違う意味で一緒にため息をついた。普通は女が着るもんだよねドレスって。なんでオレなの。採寸のときに死ぬほど抵抗したら、アルに気絶するまで殴られたんだよな。目が覚めたら採寸終わってて、下着姿でソファに転がされてたっけ。なに、花嫁ってみんなあんな目に合うの?だったら結婚した人みんなを尊敬するぞオレは。
「披露宴はどこ?招待状に書いてあるここ?たくさん集まるんでしょうねー。なに着て行こうかなぁ」
なんでもいいよ。てか選べるだけおまえが羨ましいよウィンリィ。オレなんか選択肢はひとつだ。それ着て師匠に会うんだぞ。結婚記念日が命日になるかもしれないんだぞ。やり残したことはいっぱいあるのに。まだあの店のケーキ全種コンプリートしてない。月見バーガーだってまだ食ってない。
「ね、エド。大佐のほうのお客さん、イケメン独身軍人とか来るの?」
ウィンリィがにこやかに振り向いた。
「………エド?」

エドワードは俯いてぽろぽろと涙を零していた。



なにも言わずに泣くエドワードをベッドに押し込んでドアを閉め、ウィンリィはアルフォンスに心配そうな目を向けた。
「あたし、ちょっと怒りすぎたかしら」
「え、そんなことないよ」
アルフォンスは優しく笑ったが、ウィンリィは俯いて首を振った。
「エド、せっかく結婚の報告にきて、招待状までくれたのに。きっとあたしが一緒に喜んでくれるって思ってたのよ。なのに怒っちゃったから……素直に祝福、してあげればよかった…」
だって内緒にされてたのが悲しかったんだもん、とウィンリィが呟くのを、アルフォンスは複雑な笑顔で見つめた。内緒にしてたんじゃないんだよ、プロポーズされたことを本気ですっかり忘れてただけなんだよ。しかしそれはちょっと言うのは憚られるので、アルフォンスは少し天井を見て、それから優しくウィンリィを見下ろした。
「ほら、結婚する前って色々不安になっちゃうらしいから。兄さんもそれだよきっと。気にしなくていいよ」
お腹すいちゃったからごはんにしようよ、とアルフォンスは誤魔化すように廊下を歩き出した。キッチンに行く途中にちらりと見ると、ピナコはまだあのまま固まっていた。
仕方ないよね。しばらくほっとくことにして、アルフォンスはウィンリィと一緒に冷蔵庫を覗きこんだ。





二人の足音が消えて、エドワードはふぅと息を吐いた。結婚前に情緒不安定になるのって、なんて言ったっけ。なんとかブルー?本当にソレならいいのに。
セントラルを出る日、早く帰っておいでと笑って見送った上司のすかしたツラを思い出した。あいつのせいでこんな思いをしていると思えば余計憎たらしい。呪いをかける方法とか書いた本なかったかな。今度試してみよう。

けど、本当に嫌なら断ればよかったんだ。

エドワードは布団に丸まったまま思った。
断ろうと思えばいくらでもできた。いつもそうだったし、大佐も別に怒らなかったはずだ。

なのに断らなかった。
頷いてしまった。
今だって嫌とは思ってない。リゼンブールを出たら、帰るのはセントラルだ。他のどこへも行かない。

あいつのところに帰る。それが、なんでか当たり前みたいに思ってる。

そういう自分がわからなくて、わからない自分が怖くて嫌なんだ。

エドワードはぎゅっと目を閉じた。そうしたら浮かぶのが上司の顔だということにまた戸惑う。



………結婚。

するんだろうな、やっぱり。



急に実感が沸いてきて、今さら恥ずかしくなったエドワードは、アルフォンスが食事だと呼びに来ても布団に隠れたまま出ることができなかった。







END.
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