結婚するって本当ですか


その2・ご挨拶


「………早く行こうよ」
「お前こそ早く行けよ」
「……………」
「……………」

ダブリスの駅に降り立ってから、すでに2時間。あたりは夕暮れに染まっていて、立ち尽くす二人連れを周囲を歩く人々がちらりと見ては通り過ぎる。さっきもあの人達いたよね、なんて囁き合う声も聞こえてきて、どうにも居たたまれない気分になっているのだが足はなかなか前へ踏み出してくれなかった。

「ボクら、目立ってるよ」
アルフォンスが眉をひそめて言った。そんなこと、言われなくてもエドワードにもわかっている。旅支度で不安げな顔を晒して立ち尽くす、まだ子供と言っていい年頃の二人連れだ。そのうち日が暮れてしまえば、すぐに警官が声をかけてくるだろう。すでに駅員達からは家出か迷子かと心配そうな視線を送られ続けている。

エドワードはのろのろと傍らに置いたトランクを生身の右手で掴んだ。アルフォンスもトランクを持ち上げる。鎧のときには必要なかった着替えや生活用品などがそこに詰まっていた。

二人は師匠に錬成の成功を報告しに来たのだった。また人体錬成をしたと言ったら叱られるだろうとは思うが、それでも生身に戻ったアルフォンスを見てほしかったし喜んでもらいたかった。

だが。

それだけではない。報告はもう一つあるのだ。

エドワードはトランクの中にある一通の封書を思ってため息をついた。
これを渡したらどうなるだろう。どんな顔で、どんな言葉が来るのか。予想がつかないから怖い。
「兄さん、」
「わかってるって」
アルフォンスの言葉を遮って、エドワードは決心したように歩き出した。



以前来たときと変わらない佇まいで、精肉店は存在した。賑わうでもなく寂れるでもなく、客はまばらだが閑散としているわけでもない。今は夕食の買い出し時間らしく、数人の主婦が笑いながらカウンターの前でおしゃべりしていた。
それを窓からちらりと覗き、裏口へ回ろうと歩き出してすぐ、頭上から声が降ってきた。

「エド!久しぶりだね」

恐る恐る頭をあげると、2階のベランダから師匠がこちらを見下ろしていた。



「そうか。まぁ、元に戻れたんならよかった」

イズミは眉間に皺を寄せたままではあるが、頷いてアルフォンスの頭に手を乗せた。
「大丈夫なのかい?体とか、どっかおかしいところは?」
「大丈夫です」
緊張ぎみに答えるアルフォンスに、イズミは優しく笑った。うん、と頷いてアルフォンスを引き寄せて抱きしめる。母親のような仕草に、アルフォンスは思わず涙ぐんだ。

それを数歩離れたところから見守るエドワードの顔色は白い。額に冷たい汗が浮かび、師匠と合わせることができない視線が絶えずどこかを彷徨っている。

「エドは?」
「へぁ!?」
声がひっくり返ったエドワードに不審そうな目を向け、イズミは体に異常はないかと問いかけた。ないよ、と首をもげそうに振りまくるエドワードに、ますます怪訝な顔になる。
「じゃあ、どうしたんだ?さっきから落ち着かないみたいだけど」
「いやっ、そんなことないよ!うん、普通!」
「……………とりあえず二人とも、お腹すいただろう。夕食にしようか」
「お手伝いします!」
自分からは絶対言わないセリフを叫ぶように言うエドワードにまた眉をひそめてみせてから、イズミはキッチンへ歩いて行った。

「ダメだよ兄さん、早く言わないと」
「だってさ……」
「気持ちはわかるけど、どーせ渡さなきゃならないんだしアレ」
こそこそと話をしながら、二人が見るのはエドワードのトランクだった。その中に入っている封書は、この肉屋の主人夫婦宛てだ。
これを渡すのが本来の目的だったのだが。
「エド!アル!じゃが芋の皮剥いて!」
「はーい!」
イズミの声に弾かれたように返事をして、アルが駆け出した。エドワードはトランクをちらりと振り返ったが、そのまま弟のあとを追った。
あとで渡せばいいや。うん。チャンスはまだある。



夕食はつつがなく終わり、お風呂を借りてパジャマに着替え、祝いだと酒を薦めてくる主人に笑いながら断りを言い、それから寝室に入ってベッドに潜り。

封書はまだトランクに入ったままだった。

どう言って渡せばいいのか、エドワードもアルフォンスもいくら考えても思いつかない。でも渡さなくては。封書の中身に印刷された日付は来月なのだ。
郵送にすればよかった、とエドワードは後悔しながら目を閉じた。
しかし黙ったままなんの説明も挨拶もなくいきなり郵便でこれが届けられたときの師匠の反応は。
想像するだけで恐ろしくて、エドワードは身震いして目をさらに強く閉じた。
明日。明日帰るまでには必ず。



翌日は快晴。朝から店の掃除を手伝い、久しぶりに師匠と組み手をして、昼食を手伝って一緒に食べて。

なにも言えないまま、兄弟は再びトランクを持って玄関に立っていた。
「また来ます」
アルフォンスがにっこりと、どこか引きつり気味に笑って言った。
「ああ、いつでもおいで」
答える師匠夫婦は、相変わらず顔色が悪いエドワードに視線を向けている。
エドワードは無理やりといったふうに笑って、それじゃまた!と手をあげた。後ろを向いて歩き出すその姿はロボットのようにぎこちない。
「エド、あんたまさか全身機械鎧になったんじゃないよね?」
「えっ?まさかー。なにそれ」
あははは、と振り向かずに笑ったエドワードの目は真剣だ。アルフォンスを見て汽車の時間がないぞとわざとらしく言い、急いで駆け出す。脱兎のごとく、という形容はこのためにあるんだと言わんばかりの急ぎようだ。
「待ってよ兄さん!それじゃ、また来月!」
アルフォンスはそう叫んで、返事も待たずに兄を追って駆け出した。

「…………来月?」

意味がわからない、と顔を見合わせる師匠夫婦が、キッチンのテーブルの上にエドワードがこっそり置いた封書に気づくのはそのすぐあとだった。



「兄さん……結局なんにも言えなかったね……」
リゼンブールに向かう汽車の中でアルフォンスが呟いた。エドワードはなにも言わず座席に丸まって寝たふりをしている。
「どーせ来月になったら会わなきゃいけないのに………」
アルフォンスはため息をついてエドワードのトランクを見た。
師匠宛てのものと同じ封書がもう一通。宛名はばっちゃんとウィンリィだ。
「ウィンリィ達になんて説明する?」
「……………」
だんまりを決め込むエドワードに、アルフォンスはまたため息をついて窓の外を眺めた。師匠、今ごろどんな顔してるかなぁ。


封書は白くて、金と黒の上品な箔押しがしてある。
差出人はエドワードと、ロイ・マスタング大佐。

内容は、来月挙式される二人の結婚式の招待状だった。



「もういい。なるようになるもん」

拗ねたように呟いて、エドワードは夢の国に逃げるためにますます体を丸めて目を閉じた。






END.
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