小悪魔なきみに恋をする5題
小悪魔なきみに恋をする・7題
資料室のドアを勢いよく開けると、中にいた彼が驚いた顔をこちらに向けた。
「し、少将?どうしたの」
それに答えず、狭い資料室を素早く見回した。他には誰もいない。確認してドアを閉め、鍵をかけた。
「話があるんだ」
言うと、彼は一瞬だけ怯えたような顔をした。だが、すぐにいつもの笑顔に戻る。本当に一瞬で、じっと見つめていなければわからないくらいの変化だった。
それで確信した。ハボックの言ったことは本当だ。彼は私が今から言う言葉を勝手に予想して怯えている。
「わかってるよ。コレだろ?」
彼はポケットから私の家の鍵を出した。
「だから言ったじゃん、困ることになるよって」
ことんと机に置かれた鍵。
私はそれを無視した。
「鋼の。聞きたいことがあるのだが」
「……………なに?」
怪訝な表情になる彼のすぐ傍へ移動する。彼は身を引いて立ち上がった。
「なんだよ、改まって」
「きみは、私のことをどう思っているんだ?」
「…………は?」
意外な質問だったらしい。彼は目を真ん丸くして私を見つめた。
「なに言ってんだ?あんたは上司だろ。それ以外になにがあんの」
上司だと思う相手にその言葉はどうなのかと思うが、それはこの際関係ない。
私は自分で自分を狡いと思った。なにも言わないで、相手に言わせようとするなんて卑怯だろう。
だから、彼は私に心を見せてくれないのだ。私が見せないから。
私は手を伸ばし、彼の腕を掴んで引いた。まったく身構えていなかった彼は、あっけなく私の胸に顔をぶつけた。
「………こんなふうに無用心なのは、私の前でだけにしてくれないか」
「なに言ってんだっつの。鼻打ったじゃねぇかアホ」
慌てて腕を突っ張って離れようとする彼を、無理やりに抱きこんだ。私がそんなふうにするのは初めてで、彼が驚きで息を飲んだのがわかる。
「………好きなんだ、鋼の」
「………………な、」
「私と付き合ってくれないか」
「……………へ」
「鍵はそのまま持っていてくれ。なんならうちに越して来ないか」
「………………は」
必死な言葉に、彼はひと文字ずつしか返してくれない。
じれったくなって少しだけ体を離し、顔を覗きこんだ。
彼は真っ赤になっていて、金色の瞳には涙まで浮かんでいる。
「真剣に言ってるんだ、鋼の。好きだ」
「……………う、嘘」
「嘘じゃない。前から好きだったんだ。きみを抱いたのだって、遊びじゃない。本気だ」
「………………」
彼は黙ってしまった。今にも零れそうな涙が目尻にゆらゆらしている。
「鋼の。ハボックには言えて、私には言えないのか」
「…………なにを」
「きみの気持ちだよ。聞きたいんだ、はっきり」
とうとう決壊した目から、涙がぽろぽろ落ちる。私はそれをとても嬉しい気持ちで眺めた。彼の本当の表情を見たのは、多分これが初めてだったから。
「…………い、言ったらあんた、困るもん………」
「困らないよ」
「…………でも、」
泣きながら言葉を押し出す彼は普段の生意気な彼とはまったく違っていた。年相応に、初めての恋に怯えている。それが愛しくて、私はまたさらに彼に深くハマったことを実感した。
泣いていた彼が、ようやく本音を呟いたのはそれからしばらくしてからだった。
私の腕の中でじっと体を預け、彼はぽそりと言った。
「…………前……街で、デート中のあんたに声かけたことあったじゃん……」
頷いてみせると、彼は気まずそうに目を逸らした。
「…………あれ………………ごめん。嫉妬、したんだ……」
「え」
「だってオレ、どうやってあんたの気引いたらいいのかわかんなくて……他に、方法知らねぇから」
私は苦笑した。
他に方法を知らないと言う彼は、天性の小悪魔なのかもしれない。
「ということは、昼食に誘ってくれたのも腕を組んで歩いてくれたのも、きみなりのアピールだったわけか?」
「く、組んでねぇもん!掴んでただけだもん!」
慌てて言う彼を見て、そういえばと思い出した。
彼がハボックや他の誰かと一緒に歩いているのをよく見かけたが、そうやって腕を掴んでいるのは見たことがなかった。
「…………私の目は、ずいぶんな節穴だな……」
自嘲気味に呟いて、腕の中の金色に唇をつけた。
「好きだよ鋼の。頼むからこれからは、他の誰の誘いも断ってくれ。他の男と一緒に歩くのもダメだ。できれば笑うのも私にだけにしてほしいな」
「………あんた、そんな独占欲強いタイプだったんだ?」
そうじゃない。きみ限定だ。
「そうだよ。わかったら、自重してくれるか」
「…………そんなん、わかんねぇ」
てっきり頷いてくれるかと思っていたのに、彼は唇を尖らせて私を見つめた。
「だって、仕方ねぇじゃん。オレ、わりとモテるんだからさ」
「仕方ないって……」
唖然とする私に、まだ涙の残った瞳で彼は笑った。
「でも、こんなふうにするのはあんただけだよ」
「……………」
降参だ。
私は苦笑して頷いた。
彼はやっぱり、天然の小悪魔だ。
出張は予定を変更して、彼と二人で行った。錬金術師が二人も来るとは思ってなかったらしい西方司令部はかなり焦って協力してくれて、長期になるはずだった任務はひと月で済んだ。
「帰ったら、引っ越しておいで」
帰りの列車で囁いた私に、彼はちょっとだけ頬を染めながら微笑んだ。
「考えとくよ」
どうにも、難しい。
けれど、そんな笑顔もまた可愛くて愛しい。
結局私は、彼に振り回されっぱなしだ。
それが悪くないと思えてきたのは、慣れたからだろうか。
「好きだよ、少将」
にっこりする彼に、再び惑わされる。
これが彼にとって最初で最後の恋になればいいと願う私は、きっともう抜け出せない深みにハマりこんでいるのだろう。
END,
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