小悪魔なきみに恋をする5題
小悪魔なきみに恋をする・7題
7.そして再び惑わされた
「…………そんなこと言われても、困るな」
私は努めて落ち着いた声を出そうとした。
「遊びはお互い様だろうに」
それを聞いてハボックは心底嫌そうな顔をした。
「どういう意味だよ」
「言った通りだ。彼が私のことをどんなふうに言ったか知らんが、単なる遊びを他人にどうこう言われる筋合いは、」
「あいつがそーゆうの、慣れてると思ってたわけ?」
遮られて言葉に詰まる。
慣れているんじゃないのか?だから私の言葉も聞こえないふりで、誘いも断ってるんじゃないのか。
「全然慣れてねぇよ。あいつが初めてだったの、あんた気づいてねぇんだろ?」
「………は、初めて?」
私は思わず立ち上がった。デスクを挟んで睨み合う格好になる。
「だが、あの子はまったく嫌がらなかったし…態度も変わらなかったぞ」
「そりゃそうだ。あいつの初恋はあんただもんよ」
「………は」
はつこい。
頭がついていかない。
彼はそんなこと、気配にすら出さなかった。
「あんたがなんにも言わねぇから、遊びだろうって思い込んでんだよ。オレがいくら言ってもダメでさ」
ハボックは睨み合うのをやめてデスクに腰かけ、ポケットからタバコを出した。
「鍵もらったってあいつが言うから、オレはあんたが本気なんだろうと思ったんだ。違うのか?」
言いながら火をつけるハボックを眺めて、私はまだ驚いて呆然としていた。
『誰かとこんなことしてるとき、オレが来たら困るだろ?』
あれは彼の本音だったのか。私はてっきり、鍵を断る口実だと思っていたのに。
「あいつさぁ、見た目アレだからやたらモテるじゃん」
ハボックは煙を吐き出しながら私を見た。
「初な態度だと余計つけこまれるから、だからあんなふうな遊び慣れたふりしてんだよ。ガキのくせに無理すんなって言いたいけど、そうやって身を守ってきたんなら仕方ねぇなと思うし」
「…………」
「あんたに誘われたって嬉しそうに報告してきてさ、その翌日にはもう泊まってったとか言うから仰天したんだけどよ」
あんたを観察してたら、目であいつばっか追ってるし。その次には鍵までもらったとか言うから、ああ本気なんだなと思って安心したのに。
ハボックの視線がまたきつくなった。
だが私はそれどころじゃない。わずかしかない彼との思い出を辿り、そんな様子があったかどうかを必死に考える。
彼の自宅は、散らかっていて家具も少なかった。
人を招くことがないから。そう考えると納得する。
もしかすると、彼の部屋に招かれたことがあるのは私だけかもしれない。
自宅から離れた場所で別れようとしたのは、いつも誰かに誘われて出掛けたときにそうしているからなのか。あとをつけられて自宅を知られて押しかけられると困るからか。
ああ、一緒に寝た翌朝に彼が先にさっさと出勤していったのは、恥ずかしかったからなのかもしれない。初めてならばそうだろう。私と顔を合わせるのが照れ臭かったのか。
けれど。
「…………彼は、鍵を渡してからは私を避け続けてるんだぞ」
そう。いくら待ってもなにも言葉はなく、私からの誘いも断っている。
「鍵を返すでもなく、それを使うでもなく。私は鍵を渡すなんてきみだけだと言ったのに、それも聞こえなかったふりで………」
「だってあんた、なんも言ってねぇでしょう」
至極あっさりと言うハボックに、私は目を丸くした。
「あいつはそれが不安なんだよ。あんたがこっちに異動してきてすぐ、あいつはあんたに一目惚れしたらしいんだけどよ。あんたモテるし、実際女と会ってるの見たことあるらしくて。だから、きっと遊びなんだって思い込んでんの」
なんでなんも言わねぇの?
その問いに対する本当の答えが、あまりに馬鹿馬鹿しくて情けなさすぎて、私はなにも言えなかった。
「…………鋼のは、どこにいる?」
やっと言った言葉に、ハボックはにやりとした。
「資料室で調べものしてますよ」
「………しばらく中尉を誤魔化しておいてくれ」
肩を竦めて大袈裟にため息をつくハボックの前を早足で通り抜け、ドアに向かった。
「遊びじゃねぇんでしょ?少将」
後ろからかかる声に、振り向く余裕もない。
「当たり前だ」
あとは資料室まで駆け足だ。
とにかく一刻も早く、彼に真意を問いたい。
好きだと言えば、彼は私のものになってくれるのだろうか。