小悪魔なきみに恋をする5題


小悪魔なきみに恋をする・7題



6.いっそ触れられない場所へ




どうにもうまくいかない。
遊び慣れた女なんて今までいくらも相手にしてきたのに、こうも勝手が違うのは彼が男だからか。

鍵を渡しても、彼がそれを使うことはなかった。いつも同じ態度。なにもなかったような、あんなことはとるに足りないことだと言いたげな笑顔。焦っているのは自分だけだと思うと、またさらに苛立ちが募る。

「少将ー、これヨロシク」
ぽいとデスクに投げ出された書類を見て顔をあげると、彼が部屋を出て行こうとしているところだった。
「待て鋼の」
「なに?」
「………なにも予定がなければ、」
「あ。わりぃ、ちょっと用事ある」

全部言わせてもらえなかった。

彼が出ていったあとの閉まったドアを眺めて、私はぼんやり考えた。
避けられている。多分。
ああそうだ、昔しつこい女をあんなふうにして避け続けたことがあった。一度遊んだくらいで恋人気取りに干渉してくるその女がうざったくて。諦めるまで、避け続けた。
ひどい、と言われた。はっきり言ってくれればいいのに、と言われても、そのときはなんとも思わなかった。
今ならあの女の気持ちがわかる。確かに、はっきりと言葉にして振ってくれないと、あれこれと想像が先行して苛々と悩むばかりだ。

だが。私は彼に、なにも言っていない。好きだとも、付き合ってくれとも。それはなけなしのプライドで、私に残された最後の砦のようなものだ。なにも言葉にしていないのだから、もし振られたとしてもちょっと肩を竦めて苦笑して済ませられる。本気だなんて知られてない今なら、楽しい暇潰しだったよと笑って終われる。
自分の心の軋みを無視すれば、それでオーケー。また元に戻るだけだ。

私はため息をつき、仕事に戻ることにしてデスクの上の書類を見た。ぱらぱらと捲って、一枚に目を止めて抜き出す。
それは長期出張の必要な仕事についての呼び出し状だった。詳しくは大総統のところへ行って話を聞かなくてはわからないが、視察と調査を兼ねてしばらく西へ行かなくてはならないらしい。
錬金術師とその他、合わせて三名。そう書いてある。
多分これは彼が以前していた仕事の一端だろう。私の部下になったから、ここに命令が来たのだ。
錬金術師とあと二人。
大総統は彼を行かせるつもりなのだろう。その補佐をする二人はこちらが選んで彼につけなくてはならない。

ちょうどいいかもしれない。
私はその紙を見つめて考えた。
彼の姿を見ると、つい手を伸ばしたくなる。実際はうちに泊まったあの夜から、指一本触れさせてはもらえないのだが。それでも体は彼を覚えていて、あの柔らかくて温かい小さな体を欲しがってしまう。気が狂いそうなくらいに。
だったら、離れるのはいい手じゃないか。傍にいて未練がましく悩むよりは、いっそ触れられない場所へ行ってしまうほうがいい。

私は立ち上がり、大総統の執務室を目指して歩き出した。







「というわけだ。長期ではあるが、まぁ数ヶ月で終わるだろう」
私の言葉に、ホークアイとハボックが怪訝な顔をした。
「それって、少将が出張るようなことなんスか?」
「錬金術師と指定がある。だったら行ってもいいだろう」
「でも、そんなに少将に留守にされるとこちらが困ります」
「鋼のがいるだろう。それにきみがいる。大丈夫だ」
すでに決定したことだ。私は淀みなく答え、たまには西の女性たちを眺めるのもいいものだと笑ってみせた。
「ハボック、おまえとブレダを連れて行く。奴が外回りから帰ったらここに来るように伝えてくれ」
「………はぁ」
いつになく歯切れの悪い部下が、なにか言いたげにこちらを見つめる。それを無視してホークアイに視線を移した。
「鋼のならだいたいの仕事は教えなくても大丈夫だろう。なにかあればサポートしてやってくれ」
「はい」
話は以上、とデスクに戻る私に敬礼してホークアイが出ていった。
「………少将」
ドアが閉まるのを待って、ハボックが私を見る。内緒話の内容は見当がついていた。こいつは彼と仲がいい。
「なぁ少将、これってほんとはエドに来た仕事じゃねぇんスか?」
やっぱりか。私は肩を竦めた。
「さぁな。錬金術師とあったから私が行くと言った。大総統もそれを了承したんだ、問題なかろう」
たまには私も手柄をたてなくてはな、と笑う。だがハボックの青い瞳は笑わない。
「なんで、あいつを連れてかねぇの」
「上官が二人ともいなくなったら困るじゃないか」
「けどよ」
ハボックは迷うみたいにしばらく視線をさ迷わせ、それから私を見た。
「あんた、エドのこと好きなんじゃなかったのか?」
「…………」
そんなことを言われるとは思ってなかった。彼はハボックに、私が彼に夢中だと言ったのだろうか。
「………私がか?なにをバカな」
笑ってみせても手が震えてしまっている。しかしバレるわけにはいかない。そんなみっともないことになったら、ロイ・マスタングの名が廃る。
「なにを聞いたか知らんが、2回くらい一緒に食事に行っただけだ。勘違いするな」
勘違いするな。それは自分に言い聞かせるべき言葉だ。
ハボックは少しの間私を見つめ、それからため息をついた。
「あんたんちの鍵もらったって、聞きましたよ」
「…………そうか?じゃ、返してもらうのを忘れていたかな」
「鍵渡すなんて、あんた今までどんな女にもしたことなかったじゃねぇか」
「……………」
「あいつ、喜んでたんだぞ?なのに遊びだったっつぅんか?」

喜んで?
私が顔をあげると、ハボックがデスクのすぐ傍まで来ていた。

どん、とデスクが叩かれて、冷めたコーヒーが少し零れた。

「最低じゃねぇか、あんた」

「………………」

どう返事をしていいのかわからなかった。

遊ばれたのは、私のほうじゃなかったのか?




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