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小悪魔なきみに恋をする5題


小悪魔なきみに恋をする・7題




5.本当は聞こえていたくせに




彼を目で追うようになって、まずいなと思った。ハマってしまっているのは元々だが、こうまでハマると抜け出せない。
執務室にいても、ドアが開くたびにどきりとしてしまう。彼が来ると、嬉しさを隠せない。言葉を交わすと期待してしまって。

「今夜は空いてるのか?」

数日待っても彼からはなんの言葉もなかったので、私は耐えきれなくなった。彼は私を見てちょっと笑い、そうだなぁと時計を見る。

「今日は別に予定はないよ」
「なら、食事にでも行かないか」
焦った口調になるのを抑え、私はなにげない風で言った。
「前はきみに連れていってもらったからね。今日は私がどこかへ案内しよう」
「いいけど」
彼は肩を竦めた。
「あんまり堅苦しいとこはパスだよ。あんたがデートに使うような店は、オレには高級すぎて居心地が悪い」
デートではないと言いたいのか。私は頷いて了承した。どんな店でも同じことだ。メインは食事ではないのだから。



その夜は、彼を私の家に連れて行った。もちろん帰らせなかった。やっぱり嫌がらなかったし、彼は朝まで私のベッドで大人しく眠っていた。



寝顔を見ながら考えた。どうやったら彼の心を手に入れることができるんだろう。欲しいのは体だけではないのに、触れることを許されているのはそれのみだ。


目覚ましが鳴るより早く、彼は目を覚ました。毎日の出勤時間を体が覚えているのだろう。
薄目を開けてぼんやりする彼は、年よりずいぶん幼く見える。

「おはよう、鋼の」

声をかけてやると、彼は私を見てから部屋の中を見回した。不思議そうな顔をして見慣れない室内を確認し、ああそうかと呟く。
「ここ、あんたんちだっけ」
「そうだよ。朝食はどうする?なにか食べるか?」
「いらね。いつも朝はなんも食わねぇんだ」
彼は起き上がり、床に投げ落とされた自分の服を探した。朝の光の中で見ると、白い肌がまるで輝いているように見える。
「先に行くよ。一緒に出勤てのもなんだか…」
「鋼の、これを」
つれない彼の言葉を遮って、私は用意していたものを差し出した。
「なに?」
「ここの鍵だ」
彼は驚いて、私の手を見つめた。そこには小さな鍵。
「なんで?」
「持っていてほしいからだよ」
「だから、なんで」
「いつでもきみがここに来れるようにだ」
「…………………」
彼は黙って私を見つめ、それから肩を竦めて笑った。
「いらねぇ。オレが急に来たらあんたが困るだろ」
「なぜ困るんだ?」
「なんでって。女とか、いるときさ」
いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼は私に身を寄せて肩に手を回した。至近距離にある金の瞳が朝日に煌めいて私を覗きこむ。

「誰かとこんなことしてるとき、オレが来たら困るだろ?」

くすくす笑う彼は、私に他に誰か恋人がいると思い込んでいるらしい。

「あり得ないね。きみ以外にこんなことする相手はいないから」

負けていられない。私は彼の腰に手を回し、華奢な体を引き寄せた。
今度は、彼はキスを拒まなかった。

「やっぱ口がうまいなぁ、あんた」

唇を離すと同時に、可愛くないセリフを彼が言う。

「そうやって口説いてんの?さすがはタラシだよな」

「それは褒め言葉かな?」

「はは、どうかな」

お互いにまだなにも身につけてない。触れる素肌に妙な気になってしまうが、彼はそうでもないようで、するりと腕から逃れてシャツを掴んだ。
名残り惜しいのは私だけか。
彼はさっさと服を着て、それじゃあと手をあげた。

「鋼の、」

呼び止めて、振り向いた彼の胸ポケットに鍵を入れた。彼は苦笑したが、無理に突き返すことはしなかった。

「誰にでも鍵渡してたら、あとからあんたが困るぜ」

そう言ってドアを開ける彼の背中はひどくあっさりしていて、私は焦った。

「誰でも、じゃないよ」

今まで鍵どころか、家に誰かを連れてきたことも一度もない。

「きみだけだ」

「………今、なんか言った?」

彼は笑顔で振り向いた。

「悪ぃ、聞こえなかった」

じゃ、またあとで。
そう言って彼はドアを閉めてしまった。
嘘だ。聞こえなかったはずはない。ドアを開ける音に紛れてしまうほど小さな声ではなかった。



彼はこんなセリフは聞き飽きているのだろう。
本当は聞こえていたくせに、そんな苦しい誤魔化しで流そうとするのは、迷惑だからか。その気がまったくないからか。

それでも私は真剣だ。
私にとっては彼は特別なのだと、あの鍵でわかってくれればいいのだが。





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