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小悪魔なきみに恋をする5題


小悪魔なきみに恋をする・7題



*2.思わせぶりはきみの特技だ




惚れたからといって、告白などする気はなかった。私にもプライドというものがある。ひとまわり以上も年下の同性に告白なんて、とてもじゃないがする気にはなれない。自慢じゃないが今まで自分から誰かに付き合ってくれなどと言ったことは一度もないのだ。もちろんあちらからそう言ってくれば別だが、彼も私と同じく自分から誰かに言い寄ることはしないようだった。
だから、なんの進展もない。彼の色んな噂を聞いて、その相手に密かに嫉妬したりする程度だ。
私は態度にも口調にも気をつけて、気持ちが表に出ないように気を配った。両想いならともかく彼は私をまったく気にしていないのだから、みっともなく片想いに頭を悩ませている様子を晒すことなどできない。それは私じゃない。ロイ・マスタングともあろう者が、そんなザマを見せるわけにはいかない。



「うっす、少将!」
ドアを開けてまた入ってくる彼をちらりと見て、なにか用かと低く言う。
「なんだよ、あんたっていっつも機嫌悪ぃのな」
そりゃそうだ。彼のおかげで私は誰とも付き合えなくなったのだから、少なからず恨みはある。
「そんなことはない。これが普通だ」
「そっかぁ?」
彼は私を睨み、それからデスクに書類を置いた。
「あとあんたのサインだけだから。ぱぱっとやって、それから飯でも行かねぇ?」
「………は?」
「飯だよ、昼飯!まだなんだろ?一緒に行こうぜ」
驚いて目を丸くする私に、彼は笑顔を見せた。
「早くしねぇと、置いてくぞ」
「………あ、ああ」
取り繕うことも忘れて頷いて、私は急いでサインを書いた。どういう気まぐれなのだろう。今まで一度たりともこんな誘うようなことを言ったことがないのに。
書類を渡すと彼はそれを確かめて、途中で事務局に寄って提出してからにしようと言って歩き出した。
慌ててそれを追い並んで歩き出しながら、私は彼の顔をちらりと見た。
「どういう風のふきまわしなんだ、急に」
「あれ?嫌だった?」
見上げてくる金色に思わず目を逸らし、心臓の音が聞こえてしまわないかと心配になる。
「そうじゃないが、珍しいなと思ってね」
「そう?」
有名人な彼は廊下を歩きながら顔見知りらしい軍人たちに手を振ったり笑顔を向けたりしている。皆彼を見ると手をあげて一歩踏み出し、隣の私に気づいて立ち止まる。まだ中央に来てたった半年しか経っていないが、私の顔はすでに知れ渡っているらしかった。
なんの邪魔も入らないまま事務局の窓口に着く。そこにいた男も彼になにか言おうとしたが、私を見て口を閉じた。自分がどんなふうに有名なのかが知りたいとちょっとだけ思ってしまうが、知ったらきっと後悔するだろうと思うとなにも言えない。
「済んだよ、少将。早く行こうぜ、ランチ品切れになっちまう」
彼はすぐに戻ってきて、私の腕を掴んで笑った。子供っぽい仕草ではあるが、触れられたことにどきりとしてしまう。
食堂に向かって歩きながら、彼はにっこり笑った。

「少将って、なにが好きなの?」

「す、好き?って、」

「オレはエビフライ!食堂のエビはちっさいけどさ、でかいの揚げてくれる店があるんだー。超オススメ!」

ああ、食べ物のことか…。

ていうか、店?
もしかして私を食事に誘っているのか?

「…そうか。そんなにオススメなら一度食べてみなくてはな」

余裕なふりでそう答えたが、頭はなかばパニックだ。彼は腕を掴んだままで、そこがひどく熱いような気がする。落ち着け、私。

「連れてってくれんなら、案内するよ。あ、ラッキー。ランチまだ残ってる」

食堂に着くなり彼はにこにことカウンターに駆け寄って、ランチ二つねと元気よく注文した。解放された腕が寒い。それを誤魔化すようにさっさと空席を選んで座ると、彼がランチプレートを二つ持って来た。
傍に来て、隣に座る。椅子の間隔は狭く、そうやって座ると肩が触れあうくらい近くなる。彼とそんな距離になるのは初めてで、また心臓が早鐘を打つ。大丈夫なのか私。なにか病気なんじゃないのか。

なんでもない話をして、味のよくわからないランチを平らげて、また執務室に戻るときも彼は隣にいた。私を見上げて笑い、不機嫌じゃないあんたは好きだよなんて言うからどうしていいのかわからなくなる。

そうして和やかに部屋に戻ってデスクにつく私に、彼は思い出したように白い紙を一枚出してペンでなにやら描き始めた。
「なんだ?」
「ん?さっき言ったエビフライの旨い店の地図だよ」
「……は?」
彼はがりがり描きながら、ちらっと私を見た。

「だって、あんたオレと行くより女と一緒のほうがいいだろ?」

…………え?
誘ったんじゃ、なかったのか?

「昼飯付き合ってくれてあんがと。もうさ、誘ってくる奴とか話しかけてくる奴とかたくさんいすぎてウザくってさぁ。やっぱあんたといると誰も来ねぇのな。助かった」

私は用心棒代わりだったのか?

呆然とする私に彼は紙を突き出した。

「はいこれ。マジ旨いから行ってみなよ。オレ行き付けなんだ!」

明るく言って紙をデスクに置き、それからくすりと笑う彼の顔はとても子供らしくて可愛らしい。

「でも、あんたと付き合うような女はエビフライは庶民的すぎてダメかもなぁ」

化粧臭くて、お高くとまってそうな女ばっかりじゃん?

くすくす笑った彼は、残りの休憩のためにコーヒーでも淹れてくるからと手を振って部屋を出て行った。



なんなんだ、一体。

私はどうしてしまったんだ。
思わせぶりは彼の特技だと、知っていたつもりだったのに。

いいように振り回される自分に呆れて、私はため息をついた。

それでも彼を嫌いになれない私は、きっともう重症だ。




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