幸せになろう
顔は知ってる程度の女性軍人たちが数人で歌を歌い、うちの連中が集団でまた歌を歌った。意外にうまいのがブレダだ。うん、声は体に反響するというからな。あれだけの腹に響けば、良い声になるのも頷ける。そしてブレダのバリトンを台無しにしているのがハボックだ。おまえは声を出すな。ていうかもう消えろ。副官に目配せしたら、席に戻ってからまたスリッパで殴られていた。ちょっとスッとした。
「新婦様、お色直しです。いったんご退場されます」
司会が言った。着替えるのか、と思って横を振り向くと、鋼のの姿は忽然と消えていた。
えっ、なぜ。たった今までそこで肉にかじりついていたのに。
そう思って上を見ると、彼は入場したときと同じように天井へ向けてワイヤーで回収されていくところだった。私に向かってあとでねと手を振る彼は可愛らしかったが、口は肉をくわえたままだ。なんていうか、獲物を捕まえた猛禽類のようだった。
アルフォンスとウィンリィは目を逸らしてため息をついている。あの微妙な顔は、この演出を知っていたからだろう。申し訳なさそうにこちらを見るアルフォンスに、大丈夫だと笑顔を向けてやった。肉から垂れてきたソースはすべて避けきったし、床に落ちたそれは黒子が拭いている。問題なしだ。
しばらくして、今度は普通にドアから鋼のが登場してきた。黒子が説明するに、私が迎えに行かねばならないらしい。急いで行って腕を差し出すと、赤いドレスになった鋼のはすぐにそれに手を添えてきた。
寄り添って歩きながら、私は世界中に自慢したくてたまらなかった。この子は私のものだ、誰にもやらない。その気持ちをこめて会場の真ん中でキスをしたら、まわり中から拍手と口笛と野次が飛んできた。
誓いのキスのときよりももっと赤い顔になった鋼のを連れて雛壇に戻った私を、黒子が止めた。
「キャンドルサービスです」
だが黒子はなにも持っていない。あれは確か、火のついた長いキャンドルを持って各テーブルの蝋燭に火をつけて歩くんじゃなかったか。
鋼のを見ると、にっこり笑って私の手袋を差し出してきた。発火布。つまり、錬金術で火をつけろというわけだ。
私は顔をひきつらせてテーブルたちに向き直った。右手に手袋をはめながら会場中に配置されたテーブルの上の蝋燭との距離をはかる。演出のつもりなのかまた照明が暗くなり、狙いが定まるかどうかちょっと自信がない。
鋼のは期待に溢れた目で私を見つめていた。これに応えなければ男じゃない。私はだいたいの位置を確認して、すべての蝋燭に火が灯るようにと右手を伸ばして指を擦った。
青白い火花がそこら中に散っていく。すぐに蝋燭が火をふいて、会場が揺らめく灯りで満たされた。拍手が沸き起こる中、端のテーブルだけは蝋燭ではなくそこに座っていたおっさんの頭に火がついていた。急いで駆け寄った係員が、消火する前に素早く蝋燭に火を移した。さすがだ。
「たいさ、すげぇ!」
手放しで褒めてくれる鋼のに気をよくして雛壇に戻る。招待客たちはすっかり酒がまわり、席を立って酌をして歩いたりおしゃべりしたりしていた。料理はまだまだ尽きない。鋼のはまたすごい勢いで食べ始めた。傍に来たウィンリィが眉を寄せてそれを見た。
「花嫁はあんまり食べちゃダメなのよ。主役なんだから」
「なんで主役が飯食っちゃいけねぇの」
「ドレスが汚れるし、お化粧が剥げるでしょ!だいたいあんた、一番注目される場所にいてよくそんなに食べれるわね」
呆れたようなウィンリィにも鋼のは怯まない。私の皿にあった肉を奪い取ると、だって旨いんだもんと平然と言う。そういえばメニューはさっきからというか最初から肉ばかりだ。ウィンリィは肩を竦めた。
「もう、やっぱりあんた一人に打ち合わせやらせるんじゃなかったわ」
どうやら料理の内容も鋼のが決めたらしい。席に戻っていくウィンリィを見送って、鋼のが私を見て微笑んだ。
「食わねぇの?美味しいよ」
鼻血が出そうなくらい可愛らしい笑顔に、私はつられて微笑みながら口のまわりをまた拭いてやった。私の前に置かれる皿の上は手を出す前に空になって、つけあわせの野菜だけが残るのだが。幸せそうにもぐもぐする鋼のを見ていたら、そんなことはどうでもよくなってしまう。
「花束贈呈です」
司会の声とともにしんみりとした音楽が流れ、立ち上がって並ぶ私たちに大きな花束が黒子から手渡された。目の前にはにこにこ笑う私の養母と、まだ泣きながら鼻を啜っているホーエンハイムさんが立って待ち構えている。
「これから、よろしくお願いします」
笑顔の鋼のがそう言って養母に花束を差し出した。頷いて受けとる養母はなんだか孫を見るような目をしている。
「エドワードを頼むよ」
頼みたくない顔で言うホーエンハイムさんに、私はにっこりと勝ち誇った笑みで応えて花束を渡した。
「お任せください。きっと幸せにします」
ますます情けない顔になる義父と嬉しそうな養母と私と鋼のの4人が、雛壇の前に並んでスポットライトを浴びながら来客たちに向かって深く頭を下げた。
来てくれて、祝ってくれてありがとう。
世界中の誰よりも、この子を幸せにしてみせます。
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