幸せになろう
「結婚してください」
必死でそれだけ言って、用意していた指輪の入ったケースを差し出した。
驚いたようにこちらを見る金色の瞳がやがて嬉しそうに笑うのを、夢の中にいるような気持ちで見つめた。
「ありがとう」
はにかんだ様子でケースを受けとるその表情を、きっと一生忘れない。
というわけで、今日は結婚式。私は幸せに緩みっぱなしの頬を無理矢理に引き締めてタキシードに身を包んだ。白いそれは私の彼に対する混じりけなしの愛情と同じだ。一点の染みもなく、心は彼だけを愛している。いやもちろん体もだが。白く磨きあげられた靴を履きながら今夜からの彼との生活を思い浮かべて私は空が飛べそうな気分になった。
「准将、お時間です」
ドレスアップした副官がドアを開けて呼んだ。見慣れない姿に微笑んで、とてもよく似合うねと言葉にして褒める。今の私は誰にでも優しくなれそうだ。
「エドワードくんはもうスタンバイできてますので」
褒めてもなにも出ないぞと言いたげに無表情を決め込む副官が先に立って歩き出した。いつもと違って大振りな銀のピアスが揺れるのを眺めて、耳たぶは意外に頑丈なのだなと関係ないことを考えていたら、案内された先は彼の控え室ではなく披露宴会場の大きなドアの前だった。
「…………鋼のは?」
見回しても他に誰もいない。
「中で准将が先に待っていて、あとからエドワードくんが登場と聞いていますが。ご存知ないんですか?」
副官は相変わらず無表情だが、ちょっと心配そうな顔になってきた。
「いや、昨日まで仕事で忙しかったから。披露宴の打ち合わせは鋼のに任せたんだよ」
今日は先程まで結婚式だったし、ろくに話をする暇はなかった。ああでもキスをするときのあの子は可愛かったなぁと余計なことまで思い出してまた顔が緩む。
「ドアが開いたら入場で、一番奥に新郎新婦の席がありますのでそこの手前まで行ってお待ちください」
副官はこんな日まで副官だった。簡単に説明をして、ではまたあとでと敬礼してどこかに消える。たぶん他にも入り口があるのだろう。
じきにドアが両側に大きく開かれ、私は一瞬目が眩んだ。中は照明が落とされ、私にスポットライトがまっすぐに向いている。
「新郎のご入場です」
可愛らしい声で女性が告げた。司会役だろう。同時に音楽が鳴り始め、いつの間にか傍にきていた黒子のような会場係員が行ってくださいと促した。
私が入っていくと、拍手が鳴り響いて音楽が聞こえなくなった。暗くてよくはわからないが、かなり広い室内に円テーブルがたくさん並び、そのすべてに人が座っているようだ。招待客は副官に任せたから何人いるのか知らない。前へ進むにつれて見知った顔が増えてきた。ハボックのやつ、もう飲んでるのか。フュリー、泣くの早すぎ。アルフォンスとその隣のウィンリィはなぜあんなに微妙な顔をしているんだ。拍手しながらもなんだか上の空みたいな表情だ。あ、ホーエンハイムさんがテーブルに突っ伏して号泣している。すいませんねお義父さん。大事な大事な溺愛息子は今日から私のものですははははは。
そんなことを考えていたら奥にたどり着いた。一段高い場所に設えられた席には誰もいない。私は立ち止まった。副官が手前で待てと言ったからには、ここでいいのだろう。
そこで音楽が変わった。左右からスモークが吹き出し、周りが真っ白になる。スポットライトがぱっと消え、すぐに天井を照らした。
その天井から、鋼のが降りてきた。
私は仰天して動けなかった。彼は天井からふわふわ降りてくる。ドレスで飾った彼は天使のように愛らしかったが、その体はワイヤーで吊るされていた。
「新婦、エドワード・エルリック様ご入場です。皆様、拍手でお迎えください」
相変わらず可愛らしい司会の声。会場からは割れんばかりの拍手が響き、鋼のが嬉しそうに手を振って応えている。
きみ、ミュージカルかサーカスと間違えてないか。
ようやく床に近づいた彼の体を慌てて手を伸ばして抱きとめると、鋼のはにっこり笑って私の首に手をまわして抱きついてきた。
もう、サーカスでもなんでもいいや。
やっと手にした花嫁を隣に立たせ、私たちは司会に促されるまま深くお辞儀をした。再び響く拍手に送られて新郎新婦の席に着く。鋼のはにこにこと私を見上げ、いっぺん飛んでみたかったんだと嬉しそうに言った。
「ゴンドラをワイヤーで吊るして乗るって聞いてさ、それってゴンドラなしでもいけるんじゃね?て思って」
この子の思いつきはいつも私の想像を越えている。苦笑して頷きながら、私も一緒に吊るされろと言われなくてよかったと思った。
大総統から始まり、上司たちの挨拶が続く。軍関係者がほとんどを占める披露宴では仕方がないことだが、私は欠伸が出そうになるのを我慢するのに苦労した。鋼のは大丈夫だろうか。そう思って横を見ると、彼は俯いただけに見える格好で器用に眠っていた。それに気づいたのは私だけではなかったらしい。アルフォンスがそっと席を離れ、雛壇の後ろに回ってきて兄の背中に蹴りを入れていた。
乾杯の音頭はハボックにと誰が言ったんだろうか。奴はすっかり赤い顔で、乾杯と万歳三唱をごちゃまぜにしていた。三回も乾杯させられた出席者の皆さんはさぞかし戸惑ったに違いない。目の前に座った副官に目配せすると、副官は席に戻ってきたハボックの頭をどこからか持ってきていたらしいスリッパで殴っていた。ご苦労、ホークアイ中尉。
食事が始まると、花嫁は誰よりもたくさん食べていた。黒子になった係員が必死で給仕をしていた。私は彼の口のまわりを拭いてやったりして、みんなにからかわれたりした。
もっと見せつけたい。
この可愛らしい天使は、今日から私の妻なのだから。
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