内緒を教えて






翌日はまた内勤らしい。奴は部屋から出て来ない。ドアの隙間から奴を眺め、サボり始めたら中尉を呼ぶ。その繰り返し。奴は監視カメラがあるんじゃないかと疑惑にかられたようで、部屋の中のあちこちを調べたりしていた。
そんで、時々また引き出しからなにか出して眺める。それがなんなのか知りたかったが、奴が無意識に築いた書類という名のバリケードでオレからはどうしても見えなかった。

「准将、会議のお時間です」
資料らしいファイルを持った中尉が来て、嫌がる奴を引きずるみたいに連れて行った。
奴の弱味というか弱点は中尉かと考えたが、多分違うと思った。もしそうならみんなオレにそう教えてくれるはずだ。

もっと重要で秘密なことが、絶対なにかあるはずだ。オレは執務室に忍びこんでみた。今日の衣装は黒のツナギ。忍者っぽくて似合ってねぇ?

明晰かつ優秀な頭脳をフルに回転させながら、オレは部屋を見回した。変わったものが見当たらないのは当然だ。誰がいつ来るかわからない室内には大事なものは置かない。
やはり引き出しか。オレはそっとデスクに近寄った。だが、断りなく他人の引き出しを開けるのは気が引ける。
周囲を見て、時計を見て、また引き出しを見て。
散々迷った末、オレはとうとう引き出しに手をかけた。

乱雑に入れられた雑多なものが目に入る。万年筆が数本、ハサミや糊、テープやカッター。メモとか覚え書きの紙切れなんかも入っていた。書きかけの錬成陣に興味を引かれたが、それどころじゃないから諦めた。
とくに変わったものはない。
仕方なくそこを閉め、その下の引き出しを開けてみる。
ノートや手帳。ファイル。書類。それらを手を出さずに眺める。
どうしよう。この手帳が一番怪しい。
オレはもう一度周囲を見回して、そっと手帳を手に取った。
めくって最初に目につくのは、女の名前と待ち合わせ場所や時間の羅列。
けれど、実際の予定にしては数が多すぎるし、同じ日時に同じ場所で複数の女と会っていることになってしまう予定が時々ある。
間違いなく、これは暗号化された錬金術の手帳だ。見てはいけない。オレは慌ててそれを閉じ、戻そうとした。
そのとき手帳からなにかが落ちた。
拾おうと身を屈めたとき、廊下から足音がした。咄嗟に拾いあげて、引き出しを閉めて急いで隣接の仮眠室に飛び込んだ。

そのままじっとしていると、足音は通りすぎた。ほっとしてベッドに座り、ついでに仰向けに寝転ぶ。ベッドは司令官様が使うものだけあって、下士官用の固くて狭いベッドとは全然違った。ふかふかでふわふわ。
うっかり目を閉じそうになって、はっと気づいて目を開く。手に、拾ったものを握ったままだった。
そっとそれを目の前に持ってきた。
くしゃくしゃになったそれは、写真だった。

まだ旅をしていた頃のオレが、椅子に座った大佐に背中から抱きついて笑っていた。大佐は困ったような顔で、それでも笑っていた。

そうだ、思い出した。
昔、まだ大佐がオレをからかって遊ぶ前。こうやってふざけていたとき、フュリー曹長がたまたま持っていたカメラで撮ってくれたんだった。
すぐに旅に出たオレは、撮ったことすら忘れていた。大佐はこれを受け取って、今まで大事に持っていたんだろうか。

記憶の中を探せば、大佐はいつも笑っていたように思う。厳しいことも言われたし、叱られたこともあったはずなのに。

オレはあいつの笑顔しか思い出せない。







知らないうちに眠っていたようで、話し声に気づいて目が覚めた。
執務室から聞こえるのは、奴と中尉の声だけだ。

「やっぱりなにか気配がするんだが。ここ2、3日ずっとだ。なにかいるんじゃないのか」
「なにかってなんですか」
「えーと……なんか、小動物。ねずみとか」

殺したい。

「………………そんなの、言い訳っ……に……」

中尉の声が詰まる。吹き出すのを耐えているらしい。

「…………ごほん。とにかく、」

おお、耐えきった!

「早くコレをどうにかしてください。事務局が急かしてきてますので」
「善処しとこう。それより、ねずみじゃない気がするんだ。なんかこう、もっと小さくて可愛らしい感じの」

誰がねずみより小さいって?

「…………………」

走り去る足音。耐えきれなくなったらしい中尉はなにも言わずに出て行った。

さて、どうしようか。ドアは閉めてしまったから奴を監視することができないし、そこしかドアはないから出ていけない。
オレはまたベッドに寝転んだ。奴は今は日勤ばかりだし、残業もしてないみたいだからここに来ることはないだろう。
写真をまた見てみる。オレと大佐が一緒のものなんて多分これだけだ。
なんで大佐はこれを大事に手帳に挟んでたんだろう。



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