だってハロウィンだし




「うっす、エンヴィー!」

ばん、と大きな音をたててドアが開き、赤いコートが飛び込んできた。

もちろん来るのは知っていた。数日前に連絡が入ってきて、それから司令部中の軍人達がお菓子やらプレゼントやらを用意して待っていたのだ。マスタング大佐の部屋なんかすっかりハロウィン仕様で、なんの祭りが開催されるのかと思ったくらいだった。

金色の瞳をきらきらさせてこっちを見つめるエドの唇からは2本の牙がのぞいている。なるほど、吸血鬼ね。
後ろで久しぶりと言った鎧の弟はどうやらフランケンシュタイン。二人とも大きな籠を持ち、入り切らないほどたくさんの戦利品に嬉しそうだ。

今日はハロウィン。昼過ぎから東方司令部中を駆け回っていた二人の元気な声は、ドアを閉めたままの物置の中にも聞こえてきていた。

なんで物置かって。隠れてたんだよ。この二人に見つからないように。
なのにこうも簡単に見つかるなんて、こいつらセンサーでもついてんのか。

「Trick or treat!」
明るいアルの声に、仕方なく用意していた包みを渡す。中身は小さな猫のぬいぐるみだ。万一遭遇したときのために買ってきておいてよかった。わぁ、ありがとう!とアルは喜んで、皆に見せて来ると言って物置を出た。

なんか、あんなふうに素直に喜ばれたらこっちまで嬉しくなる。
残ったエドがオレの前に立つ。さっきのアルの反応に気をよくしたオレは、お決まりのセリフが出るのを待った。一応エドにも用意しておいたんだ。なんてイイヤツなんだオレって。

見つめていると、エドの牙つきの唇がゆっくりにやりと弧を描いた。


「Trick or trick」


…………は?


キャンディが入った包みを出しかけた手が止まった。

なに?とエドを見ると、にっこり笑って同じ言葉を繰り返す。

「お菓子は皆からたくさんもらったけど、誰も悪戯させてくんねぇの。だから」

だからって。


「悪戯させなきゃ悪戯するぞ」


エド、それ文章的におかしくない?

そんなことを口にする暇はなかった。
エドが両手を合わせた瞬間、錬成光が飛び散った。




「助けてー!」
「わはははは!待ぁてー!」

半壊した物置から飛び出て廊下を走る。後ろから吸血鬼が笑いながら追ってくる。

だから嫌だったんだ。こいつらが来るとろくなことがない。特に今後ろから来るちび兄のほう。

悪役を地でいける顔と声で、エドはどこまでも追ってくる。廊下には兄弟にプレゼントを渡し終えた軍人達が通常業務に戻って歩いているが、皆笑顔で見てくるばかりで助けは入らない。

微笑ましくねーよ!マジで襲われてんだよオレ!
誰か助けて、と思うが頼れそうな人はいなくて、また後ろから錬成光が輝いて足元の床がぐにゃりと変化していく。

足をとられて転びそうになるのを必死で踏み留まり、また走る。しぶてぇなコイツ、なんて呟きが後ろから聞こえてきた。どこのチンピラなんだよお前。

また錬成光。目の前にいきなり柵が現れて、オレは思い切りそれにぶつかった。

「ひっひっひ。おとなしくしな、往生際が悪いぜ」

それ違う!吸血鬼のキャラじゃねぇだろ、なんになりきってんだよ!

じりじりと近づいてくる、元ネタはわかんないけどなにか悪役的なものに扮するエドに、オレは絶体絶命の窮地に陥って思わず祈った。

「助けてマスタング大佐!」

「呼んだか」

すぐ傍のドアがぱたんと開いて、神の遣いマスタング大佐が顔を出した。

「……あれ?」

どうやらいつのまにか大佐の執務室の前にいたらしい。
大佐は廊下の惨状を見てため息をつき、柵の前に座り込んだオレを見下ろした。
「毎回思うが、おまえは逃げるのが下手くそだな。だからいつも狙われるんだろう」
「………」
「鋼の、お茶をいれてあげよう。お菓子がまだあるよ」
「ほんと?ありがと大佐!」

ちび吸血鬼はにこにこと、大佐のあとについて執務室に入っていった。

ぱたんとドアが閉じて、はぁ、と息をつく。また廊下を直すのはオレなんだろうか。錬金術は苦手なのに、等価がいらないからってこき使ってくれるよな。


ほっとして油断しきっていたオレは、背後から迫る重厚な鎧の足音に気付かなかった。



「Trick or trick?」

「ぎゃー!」


悪夢再び。



逃げまわりながら、この先永遠にハロウィンはずっとどこか遠くに旅立って絶体戻って来ないぞと心に誓った。






END.
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