内緒を教えて
「アル」
「なに」
改まった様子で列車の椅子に正座して、オレは弟を見つめた。
「体が戻って旅をしなくてよくなったら、やりたかったことがあるんだ」
「なにするの」
兄がせっかく真剣な目をしているというのに、弟は雑誌から目を離さない。読んでるのはファッション誌だ。弟は取り戻した体を最新のファッションで包みたいらしい。
「聞いてんの?」
「聞いてるよ。早く言ってよ」
オレは咳払いをして、身を乗り出した。
「大佐の弱味を見つけたいんだ」
「…………なんで?」
なんでだって。それが弟の言う言葉なのか。オレは今まで散々あいつに嫌な目にあわされてきたんだぞ。傍でずっと見ていたくせに、おまえにはわからないのか。そうかそんなに冷たい奴だったのかおまえは。兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはないぞ。
涙ながらに訴えると、弟はひんやりした目でオレを見下ろした。たった半年でどうしてこんなに成長するのか、オレにはどうしてもわからない。同じものを食べて、同じような生活をしていたはずなのに。なにか秘密があるのだろうか。どんな魔術を使ったんだ。怒らないから言ってみな。兄ちゃんも使いたい。
「いや、使ってないし。つか脱線してない?話が」
弟はため息をつき、雑誌を閉じた。
「なんで弱味を見つけるなんて話になるのさ。准将は兄さんのために色々便宜をはかってくれたり、後見人にもなってくれたんだよ。ちょっと自分と違って顔がいいからとか、自分と違ってモテるからとか、自分より背が高いからとか、そんなくだらない理由で卑怯な真似とかしないでよね」
なんだか色々傷つくことを言われた気がする。
「………いや!だってあいつ、散々オレのことからかったじゃんか!意地悪ばっかされたし、なんか仕返ししなきゃ気がすまねぇ!」
「…………あれ、からかわれたと思ってたの?」
なぜだか弟はますます冷ややかだ。
「だろ?違うのか?」
「…………………」
弟は呆れたようにため息をつき、また雑誌を開いた。
「イーストに着いたら教えて」
「ちょっと待てって!おまえ、兄より服が大事なのか!」
「だってずっと鎧だったから服なんて持ってないし、兄さんの服は小さいんだもん。せっかくイースト行くんだから、いくつか買って帰らないと」
着いたら別行動だからね。そう言って弟は黙った。
オレは色々たくさん傷ついて、それからイーストに着くまで椅子の上に丸まっていた。
駅で弟と別れて、オレは司令部に向かった。
絶対、なにかあるはずだ。奴だって人間だ、必ず弱いところがあるはず。
それを暴いて奴に突きつけてやる。そして、もう二度とからかう気が起きないようにしてやるんだ。
名付けて、大佐の弱味を握って脅そう大作戦~今明かされる童顔ハゲ大佐の秘密~。
あ、ちょっとスパイ映画っぽくてかっこいいかも。オレってセンスあるなぁ。
いつもの服ではすぐに見つかってしまうため、オレはジーパンに黒いトレーナーを着ていた。これでフードを被って金髪を隠し、サングラスで目立つ金瞳を隠せばもうオレだとはわかるまい。
いざ!そう思って中に入ると、すぐそこをホークアイ中尉が歩いていた。
「あら、エドワードくん。久しぶりね」
うぉ。さすが中尉、この変装を見抜くとは。
「………えと。大佐いる?」
「ふふ、大佐じゃなくて准将でしょ?いるわよ、呼んで…」
「いや!呼ばなくていい!てか奴にはオレが来たこと内緒にしといて!」
「え?」
不思議そうな中尉にそれでも頼みこんで、なんとか頷いてもらった。中尉は口が固いから大丈夫だろう。
「ねぇ中尉、大佐の弱点とかなにか知らない?」
「弱点………?」
中尉はちょっと考えて、ひとつあるわよと微笑んだ。
「なに?ね、教えて!」
喜ぶオレに、中尉はくすくす笑った。
「自分で見つけてごらんなさい。きっとすぐわかるわよ」
くそ。やはり中尉はあいつの味方なのか。オレはがっかりして、仕方なく奥へ進んだ。
見慣れた顔を次々に見つけ、そしてなぜか次々に変装を見破られていく。みんな軍人だからか。さすがだ。感心してたらハボック少尉が可哀想なものを見る目になった。
「……それを変装だと思ってるのは、おまえだけだと思うぞ」
ええっ。
オレは絶望的な気分になった。フードとサングラスでは、溢れ出る知性と気品は隠しきれないらしい。
片っ端から大佐には内緒にと頼みまくり、みんなに頷いてもらった。着いたのは昼過ぎだったが、おやつの時間になるまでには大佐以外の司令部中のみんながオレの存在を知ってしまった。
誤算だったが仕方がない。それよりも、みんな大佐の弱味を知っているらしいのにオレにはなぜか言ってくれないのが気にかかる。
すぐにわかるとみんなが言うが、オレにはわからない。いつも一緒にいないからだろうか。
やっぱりみんな、大佐の部下だから言えないんだろう。ということで、オレは中尉に出してもらったおやつをがつがつ食ってから大佐のいる執務室に向かった。
言ってくれないなら、自分で探る。
そう言ったオレに、みんなの視線は生ぬるかった。