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天女は月夜に恋をする





「あ、アル………」
エドワードは慌ててロイの背後にまわって背中に隠れました。少年はそれを見て、呆れたように肩を竦めます。
「丸見えだっつの。兄さん、母さんめちゃくちゃ怒ってるよ。いい加減帰らないとごはん作ってあげないって」
そこで周囲を見回して、少年はぺこりと頭をさげました。
「はじめまして皆さん、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ボクはアルフォンス。エドワードの双子の弟です」
「え、エドの弟?」
ホーエンハイムはエドワードを見つけたときのことを思い出しました。あのとき、エドワードは家出中だと言ったような気がします。
「では、エドを迎えに来たのかね」
「はい。お世話になりまして、ありがとうございました。いずれ改めてお礼をしにお伺いさせていただきますので」
「い、いや。そんな、ご丁寧に……」
不思議そうな顔のロイたちに、ホーエンハイムはエドワードを竹林で見つけたことを話しました。アルフォンスはそんなところに隠れていたのかと呆れた顔で兄を睨んでいます。
「本当にご迷惑をおかけしました。さ、兄さん。帰ろうよ」
「………………」
エドワードはロイの背中に張りついたまま黙っていましたが、やがて諦めたようにため息をついて立ち上がりました。
「エドワード、帰るって……どこへ」
ロイが急いで聞いてきます。エドワードが答えるより早く、アルフォンスがロイに笑顔を向けました。
「月ですよ」
「………………はぃ?」
「月です。ほら、あれ」
アルフォンスが指差したのは、空に浮かぶ満月でした。
「ボクらはあそこに住んでるんですよ。兄さんたら、ボクとおやつ奪り合って負けたからって勝手に家出して地球に来ちゃうんだもん。探すの大変だったんだよ」
「…………………」
誰もなにも言えません。
縁側の向こうに空から舞い降りてきた牛車が止まりました。アルフォンスが兄を手招きします。エドワードは眉を寄せ、ホーエンハイムを見ました。
「………親父。元気でな」
それからロイを見て、口を開きます。
けれど言葉は出てきません。かわりに涙があとからあとから流れて、ぽたぽたと畳に落ちました。
呆然と自分を見るロイへ近寄り、その頬に唇を寄せました。

「………さよなら」

その瞬間、ロイははっと我に返りました。離れようとするエドワードの腕を掴んで引っ張って、思い切り抱きしめます。アルフォンスが目を丸くして見ていることも知っていて、そのままエドワードの唇に自分の唇を押しつけました。
「………んむ?むー!んー!んんー!」
エドワードにとってはキスはまだ2度目。なのに人前で、しかもいきなりディープなやつがきてはじっとしていられません。必死にもがき、声にならない抗議を続けます。が、ロイが気にすることはなく、キスはますます深くなるばかり。
息つぎを知らないエドワードが酸欠で生命の危機に陥った頃、ロイはようやく唇を解放しました。ぐったりしたエドワードを腕に抱いたまま、アルフォンスを見つめます。
「悪いが、きみのお兄さんはついさっき私と結婚することが決まってね。帰らせるわけにはいかないんだ」
「………………結婚?」
アルフォンスには刺激の強い場面だったらしく、白い頬が赤く染まっています。
「あなたとですか?」
「そうだ。私はこの国の次期皇帝、マスタング。必ず幸せにするから、エドワードを私にくれないか」
「………………」
アルフォンスはちょっと困った顔をして、牛車を振り向きました。
「……母さん、どうしよう」
牛車のドアが開きました。
「エド、本当なの?」
女の人の声がします。鈴の音のような可愛らしい声でした。
「いや、兄さん今酸素不足で死にかけてるから返事できないよ」
「まぁ。エドったら、修行が足りないわね」
牛車から足が覗き、それから女の人が出てきました。栗色の髪をきれいに結い上げて、薄い衣を纏った美しい女性です。優しげな顔はアルフォンスによく似ていました。
女の人が数歩こちらに近寄ると、ホーエンハイムが縁側から駆け降りていきました。驚く女の人に走り寄り、その華奢な体を抱きしめます。
「トリシャ!トリシャじゃないか、生きていたのか!」
「…………まぁ、あなた」
トリシャは薄い茶色の瞳を目一杯開いてホーエンハイムの顔を見つめ、頬に手を伸ばしました。
「もうとっくに私のことなんて、忘れたと思ってたわ」
「忘れるはずがないだろう。ずっときみを想ってたよ」
「あなた…………」
二人はしっかりと抱き合いました。まわりは全員、アルフォンスまでもが口をあんぐり開けてそれを見守っています。
「あのときはお別れも言わずにいなくなってごめんなさい。両親に無理やり連れ戻されてしまって」
「いいんだ。それより、結婚したのか?今、幸せなのかい?」
「あら。私はずっと一人よ。あなたを忘れたことはなかったわ」
トリシャの笑顔に、ホーエンハイムは戸惑ったようにアルフォンスを見ました。
「でも、子供が……」
「ああ、そうだわ。あなたは知らなかったわね」
トリシャは微笑んで、ホーエンハイムの胸に顔を寄せました。
「月に帰ったとき、私のお腹にはもう子供がいたの」
「そうなのか?じゃ、エドとこの子は……」
「あなたの子供よ」
あとは二人の世界でした。誰も、もちろんアルフォンスもそこに入りこむことはできません。ホーエンハイムはトリシャを抱き上げたままくるくると舞い踊り、二人の周囲にはきらきらとなにかが輝いています。お花畑まで見えた気がして、ロイは思わず目を擦りました。




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