天女は月夜に恋をする







山のような書類を片付けると、外はもう真っ暗になっていました。ロイは身支度もそこそこに牛車を出させ、ウィンリィとヒューズを押し込むようにして乗り込みました。
「早く行かなくては。きっとエドワードは寂しさのあまり泣いているに違いない。私に捨てられたとか思い込んで自殺とか考えていたらどうしよう。いやすでに実行してしまっているかもしれない!急いでくれ、牛!」
ロイの想像の中のエドワードはどうやら大変なことになっているようです。牛を急かし運転手を急かし、信号も一時停止も無視でエドワードの家へと走らせます。揺れまくる車の中で、ウィンリィは酔いそうでした。

とても晴れた夜で、空にはきれいな満月が浮かんでいます。けれどロイはそんなものを見る余裕はなく、庭に乗り入れた車がまだ止まらないうちに飛び降りてエドワードを呼びながら家の中へ突進していきました。
「エドワード!私だ、ロイだ!頼むから早まらないでくれ!」
ホーエンハイムが驚いた顔で挨拶をしますが、お構い無しです。エドワードはどこだとすごい剣幕のロイに肩を掴まれ、ホーエンハイムはわけもわからずに怯えました。
「奥にいると思いますが…あの、なにかあったんですか?」
「エドワードが死ぬかもしれないんだ!いや、もしかしたらもう既に……」
「ええっ!」
ロイの頭の中でだけ進行するドラマだとはホーエンハイムは知りません。
二人は転びそうな勢いで奥へ走り、エドワードの部屋の襖を引き開けました。
「エドワード!」
「うわ!?」
エドワードは縁側に面した障子を開けて空を眺めていましたが、飛び込んできたロイに突然抱きつかれて固まってしまいました。
「エドワード!心配したよ!無事でよかった!」
「エド!なにがあったんだ、お父さんに言ってみなさい!」
「……………は?」
泣き崩れるホーエンハイムとぎゅうぎゅう抱きしめてくるロイを交互に見て、エドワードは困惑しました。なにがあったんだ、はこちらのセリフです。
「なんのこと?」
「なにって!きみは私が来なくて寂しかったんだろ?だから世を儚んで……。すまなかった、エドワード!仕事が詰まっていて抜けられなかったんだ!会いたかったよ、きみのことは1秒たりとも忘れたことはなかった!」
「オレ、別になにも儚んでねぇけど……」
「そうだったのか、エド。気づいてやれなくてすまん、おまえはそんなにマスタング様のことを…。わかった、寂しいけれど仕方がない。おまえが幸せになるなら、涙を飲んで嫁に出そう」
「いやオレそんなこと言ってねぇじゃん」
「お義父さん!エドワードは私が必ず幸せにします!」
「頼みましたよ、マスタング様!どうかこの子をよろしく……!」
盛り上がる二人に、エドワードは開きかけた口を閉じました。なにを言っても無駄な気がします。感涙にむせびながら握手をかわす二人は、勝手に婚礼の日にちなどを相談し始めました。あとから入ってきたウィンリィとヒューズもそこに加わり、話はどんどん具体的になっていきます。
「ちょっと待って!オレ、結婚はできねぇぞ!」
制止しようとして言っても、誰も聞いてくれません。エドワードは困りました。いつかは迎えが来てしまいます。そのときはお別れしなくてはならないのに、結婚なんて。ホーエンハイムにもロイにも迷惑がかかってしまいます。

エドワードはとうとう、ロイの腕を無理やり振りほどいて立ち上がりました。
「聞けって!オレは結婚はしねぇ!」
四人がびっくりしてエドワードを見ます。やっと自分の言葉を聞いてくれる気になったらしい、とエドワードはほっとしました。
「気持ちは嬉しいけど、結婚はしない。だから、もうオレのことは忘れてくれ」
ロイを真っ直ぐに見つめて言うエドワードに、部屋はしんと静まりかえりました。
「………エドワード。私が嫌いなのか?」
ロイは静かに問い返します。
それへ嫌いだと答えることができるなら、どんなに楽でしょうか。さっきロイが来るまで、エドワードの頭の中はロイでいっぱいでした。仕事で来れなかっただけだとわかったときは、泣きそうになってしまったくらいです。
「………好きも嫌いもねぇよ。とにかく結婚はしない。そんだけだ」
「理由を聞かせてくれないか」
「別にないよ。あんたは他に誰か探してさっさと結婚しちまえよ。オレにはその気はねぇんだから」
「………きみがそんな顔をしているうちは、ダメだ。納得いく理由を聞かせてくれ」
エドワードは俯きました。自分が今にも泣き出しそうな顔をしていることくらい、鏡を見なくたってわかります。
「エドワード。私はきみを愛してるんだ。どんな理由があろうと納得することはないし、きみを離すこともできないよ」
ロイの手がエドワードの小さな手を握りました。暖かくて優しい大きな手に、エドワードの瞳にたまった涙がぽろぽろと零れます。
「泣くほど私が嫌いか?」
「………………」
黙るエドワードは首を縦にも横にも振ることができません。
「では、……その逆なのかな」
ロイは微笑んで、エドワードの頬に落ちる涙を指で拭いました。
こんなふうに見透かされていては、もう誤魔化すことはできません。エドワードは小さく頷いてしまいました。
とたんにぐいと手を引かれ、またロイの胸に逆戻りです。今度は振りほどくことはできそうになく、エドワードは黙ってロイの着ている衣の端をぎゅっと握りました。

そのとき。

「こんばんはー!」

突然、縁側から声がしました。
驚く全員が見つめる中、いつの間にか現れた少年はエドワードを見てにっこり笑いました。

「やっと見つけたよ、兄さん」

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