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天女は月夜に恋をする





それから、エドワードとロイの根比べが始まりました。
「世界の果てにある花が欲しい」
そう言ったエドワードに、翌日やってきたロイは庭に出てそこに咲く花を摘みました。
「世界は丸く、果てはない。あるとすれば、ここからずっとずっとまっすぐ進んで行き着く、ここだ。だからこの花をきみに贈るよ」
「……………」
その花を悔しそうに花瓶に活けてから、エドワードはまた考えました。
「太陽が欲しい。捕まえてきてよ」
それを聞いたロイが翌日持ってきたのはタライ。それへ水を張り、太陽を写し込みます。
「ほら、きみだけの太陽だよ」
「眩し!わかったから早くそれどけて」

そのあとも、エドワードがなにを言ってもロイは翌日にはきちんと解答を持ってきます。頭を使うことの苦手なエドワードは、だんだん疲れてきました。ロイに言う言葉も「あそこの店でドーナツ買ってきて」だの「歯みがき粉切れたからよろしく」だの、もうすっかりいい加減です。



「……どうしようか」
ため息をつくエドワードを、ウィンリィが笑いました。
「いいじゃない。毎日通ってくれるんだから、それだけあんたのことが好きなのよ。お嫁に行っちゃえば?」
「んなわけいくかよ。オレ男だぞ」
「古いわねぇ、あんた。今時そんなの気にする人いないわよ」
古いのだろうか。エドワードはなんだか自分に自信がなくなってきました。そういえば最初から、自分に求婚してくるのはみんな男ばかりでした。時代はそこまで進んでいたのか。自分は取り残されてしまっていたらしい。そう思うとなんだか悲しい気持ちですが、そうも言っていられない事情がエドワードにはあるのです。
「………地球の人間と結婚して、叱られねぇかな……」
「は?」
思わず呟いた言葉にウィンリィが目を丸くしたので、エドワードは慌てて首を振りました。
「なんでもねぇ!気にしないで」

エドワードには誰にも言っていないことがありました。ホーエンハイムも知らないそれは、エドワードの胸にいつも重く影を落としています。
できればずっと、ここで暮らしたい。
そう願うエドワードは、それができないだろうということも予想していました。

そんなある日。
ロイが来ませんでした。
いつもなら朝から笑顔でやってきて、エドワードの手を握ったまますっぽんのように離れないロイが、その日は現れませんでした。
翌日も。
その翌日も、ロイは来ません。
「あんまり我儘ばっかり言うから、呆れられちゃったんじゃないの?」
ウィンリィが責めるようにエドワードを見ます。着ているものがちょっと立派になっているのは、エドワードの家で祖母のピナコと二人で受付のアルバイトをしたからでした。ウィンリィの家はもちろん、エドワードの家もすっかり裕福になりました。ロイのおかげで求婚者はもういませんが、この先生活に困ることはないでしょう。
だから、ロイが来ないのはエドワードにとって喜ばしいことでした。無数の変態を蹴散らしてくれた変態が来なくなれば、エドワードは安心です。以前のように、のびのびと暮らしていけます。
けれど。
「別にいいじゃん。せいせいするよ」
笑って見せるエドワードの顔を見て、ウィンリィは眉を寄せました。
「嘘よ。寂しいんでしょ?素直になったらどうなの」
「……………」
ロイが来なくて寂しいなんて、口に出せるようなエドワードではありません。
けれど、ウィンリィの言葉は本当でした。毎日通ってきて煩いくらい愛を囁き続けていたロイを、ウザいと思っていたはずなのに。
気がつけばロイのことを考えている自分がいます。外で物音がすると、つい見に行ってしまいます。ロイから最初にもらったルビーは、何度も売ろうとしたけれど結局手元に置いたまま。

寂しい。

本当にもう飽きたのだろうか。

遊び好きな男だという噂だから、都で別の誰かを見つけてそっちへ行ってしまったのかもしれない。
つれない返事しかしない自分に、嫌気がさしたのかも。

俯いてしまったエドワードに、ウィンリィも黙ってしまいました。ロイがなぜ来なくなったのかは自分たちではわかりません。でも、あれほど好きだと言っていたのに。あんなに熱心に通ってきて、優しくて熱い瞳でエドワードを見つめていたのに。
そう簡単に心変わりするとは、ウィンリィには思えませんでした。

ある日、ウィンリィは一人で牛車タクシーを呼んで都へ行きました。エドワードには内緒です。本当にロイが他の人に心を移してしまっていたなら、親友であるエドワードを慰めなくてはなりません。
大きなお屋敷の前でタクシーを降りて、ウィンリィは決意の瞳で中へ入って行きました。







「え。エドワードが?」
驚いた顔でウィンリィを見るロイの顔は無精髭だらけです。目の下には隈。手は筆を持ち、あちこち墨だらけになっています。
ロイの周囲は書類の山ができていて、身動きしたら崩れてきそうでした。監視役のヒューズも半分眠ったような顔でウィンリィにお茶を勧めます。
「寂しがってくれているのか。聞いただろう、ヒューズ!だから私をエドワードのもとへ行かせてくれ!」
「いや、それが終わるまでダメだ。でなきゃオレが叱られちまう」
譲らないヒューズに、ロイはまわりを見回しました。この書類が終わるまで。それはどれくらい先のことなのでしょうか。
ロイは毎日エドワードの家へ朝から晩まで通いつめていたせいで、公務をすべてほったらかしでした。それが皇帝に知れてしまい、部屋に軟禁状態で仕事をさせられていたのでした。
「あの…お仕事でしたら仕方がないから、エドにはそう伝えておきますが…」
居心地悪そうに呟くウィンリィに、ロイは首を振りました。
「いや。彼がせっかく寂しがってくれたのだから、私は意地でも会いに行く。しばらく待っていてくれ、終わらせて送っていくから」
「…………はぁ」
必死に仕事を再開するロイに、ウィンリィはほっとしました。ロイはエドワードを忘れたわけでも飽きたわけでもなかったのです。一心不乱に筆を動かして墨まみれの汚い書類を作るロイに、ウィンリィは初めて好感を持ちました。
「そういえば、ハボック様は?」
思い出してヒューズを見ると、ヒューズは肩を竦めました。
「おんなじだよ。あいつもサボりすぎだ」
どうやらハボックも書類と格闘しているようです。ウィンリィは頷いて、仕方なくロイの仕事が終わるのを待つことにしました。


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