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天女は月夜に恋をする





屋敷に帰ったロイは、早速アメストリス郷土歴史資料館へ使いを出しました。
呼ばれてやってきたのは、そこで働くファルマンです。彼もロイの学生時代の友人で、とてつもなく博識でした。ロイはそのファルマンに、惑星の石を手に入れる方法を問いました。
「………星の石、ですか」
ファルマンは開いているのかどうかよくわからない細い目でロイを見ました。
「そう。どうすればいい?」
相談してくるロイに、ファルマンは肩を竦めます。
「どうもこうも。そこらへんにある石ころをお持ちになればよろしいのでは?」
「そこらへん?」
「ええ、庭に落ちている石でも、まぁ加工済みの宝石でも。そこはマスタング様のお好きなように」
ファルマンはにっこり頷きました。





翌日、ロイはまたエドワードを訪ねました。ついてきたヒューズとハボックの3人でホーエンハイムの家の前に牛車を停めます。
あれほどたくさんいた求婚者たちは、今日は数人だけしかいません。その男たちも、ロイを見ると逃げるように帰っていきました。
「なんだ、ずいぶん空いてるな」
ハボックがきょろきょろすると、ヒューズがため息をついてロイを見ました。
「おまえが天女を口説きにかかったのはもう都中の噂になってるんだよ。次期皇帝が相手じゃ、誰だって諦めるだろ」
「それは都合がいい。ライバルが減ったな」
嬉しそうに笑うロイに、ヒューズは疑い深い目を向けました。
「本当に本気なんだな?おまえ、そうじゃなかったら天女の未来をおまえが台無しにしちまうことになるんだぞ」
求婚者がたくさんいれば、天女の家は潤います。それに、もしかしたらその求婚者の中に天女を幸せにしてくれる者がいるかもしれません。ロイが遊び半分で邪魔をすれば、天女が不幸になるばかりです。
ロイはヒューズの目を見て、しっかりと頷きました。
「大丈夫だ。あの子を幸せにできるのは私しかいない」
こんなに真剣な顔のロイは初めてではないでしょうか。ヒューズはわかったと頷きました。ロイが本気であれば、それ以上言うのは野暮というものです。
「まぁ、天女がこいつを好きになるかどうかはわかんねぇけどな」
ハボックはタバコをふかしながらにやりと笑いました。
「昨日は相当怒ってたぞ。全然脈無しなんじゃねぇの」
「初めてだったから照れただけだろう。初で可愛いじゃないか」
嫌われたり拒否された経験のないロイは、あくまで楽観的です。小さな庭を横切って、エドワードの住む家の玄関に立ちました。今日は来訪者がいないせいか、受付はありません。
「ごめんくださーい」
「はーい」
声をかけると、奥からぱたぱたと女の子が走ってきます。受付にいた子でした。確かウィンリィと呼ばれていたような、とロイは記憶をたどり、笑顔を向けます。
「約束通り会いに来た、とエドワードに伝えていただけませんか。マスタングですが」
「あら!これはマスタング様、昨日は知らなくて失礼しました」
女の子は誰かからロイの身分を聞いたらしく、慌てて居ずまいを正して頭を下げました。
「どうぞ、お上がりください。お連れ様もご一緒に」
3人は昨日エドワードと会った部屋に通されました。
ウィンリィはお茶を入れてきますと言って部屋を出て行き、入れ違いにエドワードが入ってきました。客がいないからでしょう、きれいな衣は着ていません。普通の農家の男の子が着る粗末な服を着ていて、髪は無造作にひとつに結んでいます。それでも、昨日よりももっと生き生きと魅力的に見えて、ロイは思わずにやけてしまいました。
「気味悪ぃからにやにやすんなよ、おっさん」
エドワードはロイの正面にどかっと座り、腕を組んでふんぞり返りました。どうやら昨日のキスをまだ根に持っているようです。
「待ってたぜ。石、持ってきてくれたんだろうな?」
「もちろんだよエドワード。待っていてくれたとは、そんなに私に会いたかったのか」
不遜な態度も照れ隠しと勝手に理解して、ロイはエドワードににじり寄ってその膝に手を置きました。
「誰がだよ。キモい妄想してんじゃねーよ変態」
「きみの唇から出る言葉は、どれも皆魅力的だ。会いたかったよエドワード、離れていた時間のなんと長かったことか」
エドワードはロイの後ろを見ました。
「おーい。こいつ言葉通じねぇんだけど、頭変なの?」
部屋の隅にいたハボックとヒューズは、顔を見合わせて苦笑しました。
「すまん、そいつ今頭の中に春が来てんだ」
「桜が満開なんだよ。気にしねぇでやってくれ」
ハボックはもうすっかり傍観者です。戻ってきたウィンリィからお茶を受け取って、灰皿ないですかとか聞くあたり、ずいぶんとリラックスした様子。天女に嫌われてしまっているらしいロイを応援がてら高見の見物と決めこんで、ヒューズと談笑を始めています。
「………桜でもたんぽぽでもいいけどさ。早く石、見せてよ」
エドワードはロイを睨みました。宇宙に浮かぶ星の石を持ち帰るなんて、できるはずがありません。
さっさと嘲笑って追い返すに限る。そう決意するエドワードの手を、ロイがそっと握って開かせました。
懐から出してその小さな手のひらに乗せたのは、大きなルビー。
「…………なんだよコレ」
「石だよ」
「オレは宝石が欲しいなんて言ってねぇぞ。欲しいっつったのは…」
「惑星の石、だろう?」
ロイはにっこりしました。
「この地球も太陽を巡る小さな惑星のひとつなんだよ。だったら、この星で採れたこのルビーも、立派な惑星の石のひとつだ」
「……………くそ」
ファルマンから聞いた話をすらすらと繰り返すロイに、エドワードは頭を抱えて唸りました。この天動説が当たり前な世界に、地動説を唱える奴がいるなんて。どこのコペルニクスがロイに知恵をつけたのでしょうか。これだから金と権力のある奴は侮れない。

「エドワード、これで私のものになってくれるかい?」

勝ち誇ったロイの顎を渾身の力でぶん殴ったらどんなにすっきりするだろう。
そう思いながら、エドワードは次の言葉を必死で考えました。



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