天女は月夜に恋をする





「はじめまして。私はロイ・マスタングです」
にこにこと膝を乗りだし、ロイはやっと対面したエドワードににじり寄りました。エドワードは当然後ろへ下がります。下がった分だけロイが前へ出るので、すぐにエドワードは壁に突き当たり、逃げ場がなくなりました。
「………はぁ、あの……エドワード、です……」
引きつった笑顔でエドワードが名前を言うと、ロイは満面の笑みで頷きました。
「エドワード。いい名だ。どうですか、エドワード・マスタングになってみるというのは」
「どうですか、と言われても……」
困りきったエドワードはロイの後ろにいるハボックに目を向けました。
「えと、そちらの方は……」
「あれはジャンなんとかです」
ハボックが口を開く前に、ロイが素早くエドワードの視線の先へと回り込みます。
「とるに足らないつまらない男ですよ。あなたが気にする必要はありません」
「ちょっと待てロイ!なんなんだその紹介のしかたは」
ハボックが慌てて抗議しますが、ロイは無視です。ひたすらエドワードを見つめて、その珍しい金の瞳に感嘆のため息を零しました。
「美しい瞳だ。あなたのような可愛らしい人は初めて見る」
「はぁ…」
「あなたはこんなところで、不特定多数の変態にその美しい姿を晒していてはいけない。私のところに来なさい、必ず幸せにするから」
「………………」
あんたもその変態の一人じゃねーかよ。
とは口に出せないので、エドワードはとりあえず微笑みました。
「あの、今日はどんな物を持ってきていただけたんでしょうか?」
「………物?」
「はい。贈り物です。皇帝になられる方なら、さぞかし珍しいものでしょう。ぜひ拝見させていただきたいです」
戸惑うロイに、エドワードは内心でにやりとしました。これはホーエンハイムと相談して決めたことです。贈り物には興味はありませんが、それを強要することで自分を見にやって来る男たちをうんざりさせることが目的でした。
貧しい者なら来なくなるし、金持ちだって顔を見るたびに高価なものを贈らなくてはならない上にエドワードにまったくその気がないのであれば、いずれ離れていきます。
現にこの方法をとるようになって、来訪者は半分になりました。あと少し頑張れば、きっと誰もいなくなるでしょう。
エドワードはにっこりしてロイを見ました。期待に溢れた目は贈り物のためではなく、ロイがそれなら帰ると言い出すのを待っているのです。
ところが。
ロイは頷きました。この子はたくさんの贈り物に慣れていて、訪れる者は皆土産を持って来ると思っているのだろう。珍しいものをと言うのは子供ならではの好奇心というやつだ。だったらそれを満足させるのが、未来の夫たる自分の役目ではないか。
「今日は、まだあなたのお好きなものがなんなのかわからなくて。残念ながらなにも持ってきていないのですよ」
「だったら……」
用はないから帰れ。
そう言おうとしたエドワードの言葉を遮って、ロイはその小さな手を握りました。
「なんでもいいから、欲しいものを言ってください。なんでも、いくつでも。望みのままに差し上げましょう」
「………………」
皇帝の息子。
つまり国一番のお金持ち。
その事実を忘れていたエドワードは、言葉に詰まりました。
欲しいものなどありません。ただ変態にご退散願いたいだけです。
「じゃ、えーと。マスタング様の一番大切にしているものを」
自信満々な金持ちには、このセリフが効くはず。
ですがロイは首を振ります。
「あなた以上に大切なものなど、私には存在しません。それよりエドワード、どうかロイと呼んでください」
ついさっき初めて会ったばかりのくせに。
エドワードは頭を抱えました。ロイはちゃっかりとエドワードの手を握ったまま、いつの間にか名前で呼んできます。このままではヤバい。エドワードは必死に考えました。
「えーと………では。次にお会いするときは、オレ石が欲しいです」
「石?宝石ですか?」
「いや。星。どっかの惑星の石が見たいです。持ってきてくださいますよね?」
「………………惑星の、石………」
さすがのロイも黙りました。この時代、宇宙へ出る手段などどこにもありません。
そのとき、部屋の隅の時計がアラームを響かせました。
「あ、5分経った。ではマスタング様、よろしくお願いしますー」
エドワードは手を振りほどき、嬉しそうに立ち上がりました。
「ジャンなんとか様も、ごきげんよう!さよならー!」
ハボックがなにか言う暇もありません。エドワードはひらひらと手を振って、部屋の出口へと突進しました。

ですが、それを黙って行かせるほどロイは甘くありませんでした。

いきなり腕を掴まれて、よろけたエドワードが倒れこんだのはロイの腕の中。
「なにすんだ」
変態、と続くはずの言葉はロイの口の中に吸い込まれました。

初めてのキスに、エドワードは硬直して動けません。
ロイはそれを見て、唇を離して微笑みました。

「キスは初めてか?可愛いな、きみは」

「……………ど変態」

顔を真っ赤にして縮こまるエドワードを抱きしめて、ロイはすっかり本性を現しました。金髪に頬を寄せて、耳に唇をくっつけます。びくりと肩を揺らすエドワードの反応も可愛くて、ロイはくすくす笑いました。

「また明日来るよ。次は二人きりで会いたいな」

「冗談じゃねぇ。てか石。持ってこねぇと会ってなんかやんねぇからな」

「いいとも。必ずきみを満足させてみせよう」

あまりの豹変ぶりと手の速さに感心するハボックを連れて、ロイはにこにこと部屋をあとにしました。

残されたエドワードは、ファーストキスを奪われた悔しさに震えていました。
「あんの変態ヤロー、明日来たら覚えてろ!」

とりあえずロイは、エドワードに顔を覚えてもらうことには成功したようです。




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