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天女は月夜に恋をする






ロイとハボックが喫煙場所を求めて家の裏手にまわると、そこにも受付が設置してあるのが見えました。
そこに集まっているのは、ほとんどが宅配業者のようです。たくさんの荷物を運びこむのを、薄い金髪と髭の男が見守っていました。
「サインください」
「はい、ご苦労さん」
受領にサインをする様子も慣れたものです。次々と来る荷物を確認する男の側で、小柄な老婆が眼鏡を光らせながら差出人の名前をノートに書き写していました。
なんだろう、と二人が顔を見合わせていると、さっき表にいた男がやってきて髭の男に向かってにこやかに手をあげました。
「やぁホーエンハイムくん。うちからの荷物は届いたかな?」
「これはヨキ様、このたびはわざわざ…」
ヨキと呼ばれた男は中年でチョビ髭です。手に番号札があるのを見て、ロイは感心しました。あんな中年男も天女にご執心なのか。
「いやいや、あんなものは天女への贈り物としてはまだまだ不釣り合いだよ。次は南のほうから取り寄せた絨毯を贈るから、天女の部屋にぜひ敷いてくれなさい」
言いながらもヨキは目の前で開けられていく箱から目を離しません。中からはきれいな反物や着物、金銀のアクセサリーなどが次から次と出てきます。
「む。あそこの庄屋のドラ息子がそんなものを贈るとは。次はちょっと考えなくてはならんかな……」
ぶつぶつ言いながらまた表に戻っていくヨキを眺めて、ロイとハボックはまた顔を見合わせました。
「おまえ、なにか贈り物を持ってきたか?」
「いや……おまえは?」
「それが、見物しに来ただけだから、なんにも」
「うぁ。おんなじかよ。オレもだよ」
二人はため息をつきました。女を口説くときはまず目を引くプレゼントをするという基本中の基本を忘れていたのです。タラシな二人にとって、これは致命的な失敗に思えました。
「くそ。見物だけと思って油断した」
「む。これだけライバルがいるとは知らなかったからな」
ライバルがいればいるほど、負けず嫌いな二人はそれを蹴落とすことに燃えてしまいます。二人にとっては恋愛はゲームでしかなく、対象を射止めて勝負に勝てば、もうそれには興味がなくなります。そうやって二人は学生時代から延々と張り合ってきたのでした。
「だが、天女の好みがわからん。男なんだから、今までみたいな贈り物では満足しないだろうしな」
「うーん。会ったこともねぇんだから、どうしようもねぇな」
二人が悩んでいる間に、ホーエンハイムは荷物の整理を終えて老婆を振り向きました。
「ピナコさん、休憩にしましょう。ウィンリィにも、もう今日の受付は終わりだと言ってください」
「あいよ」
ピナコは身軽に立ち上がり、家の中へと入っていきました。
そこへ、また違う男が現れました。貧しい身なりの眼鏡をかけた気弱げな男は、籠をひとつ持っています。中からは果物の甘い匂いがしていました。
「やぁ、フュリーさん」
ホーエンハイムが親しげに笑顔を向けると、フュリーはにっこりして籠を差し出しました。
「これ、さっきうちで摘んだ蜜柑です。よかったらどうぞ」
フュリーはライバルではなく、どうやらご近所さんのようでした。ホーエンハイムは籠を受け取って中を見て、嬉しそうに家の中に声をかけました。
「ピナコさん、蜜柑はいかがですか。フュリーさんが持ってきてくれましたよ」
その声に答えたのは、老婆でも受付にいた少女でもありませんでした。
「マジ!?食う!ありがとうフュリーさん!」
飛び出てきたのは、金髪に金の瞳をした少年でした。きれいな着物で着飾っていましたが、上着を乱暴に脱いでそのへんに投げ捨てて蜜柑の籠に飛びついて、さっそく一番大きな蜜柑を取り出します。
「おいエドワード、お客様はいいのか」
心配そうに言うホーエンハイムにも、エドワードは肩を竦めてみせるだけ。手は蜜柑の皮を剥くのに大忙しです。
「ちょうど途切れたし。一人5分でアラームが鳴るようにしたから、楽になったよ」
「エドワードくん、相変わらず人気だねぇ」
苦笑するフュリーは、自分の作った蜜柑をエドワードが美味しそうに食べてくれていることに満足そうです。

ロイはその場に固まって動けなくなりました。

ただ、見物しようと思って来ただけなのに。
まわりにライバルがたくさんいたことと、このハボックがいたことで、自分が天女を墜としてゲームに勝ちたいと思っただけだったのに。

なんということでしょう。

裏口の土間に座りこんで、きれいな着物が汚れることも気にせずに蜜柑を頬張っている少年は、ロイが思い描いていた理想にぴったりでした。

美しく可愛らしい容姿はもちろんですが、飾り気のない笑顔や無邪気に蜜柑を食べる仕草もロイにはどストライクです。そこにたくさんあるきらびやかな贈り物に目を向けもしない様子は、とてもストイックで慎み深い印象を受けました。フュリー(正確には蜜柑)に向けた笑顔も明るくて優しく、人柄のよさを偲ばせます。

つまり、ロイは天女に一目惚れをしてしまったのでした。

「おい、どうしたよ」
横からハボックがつついてきます。ロイは呆然とエドワードを見つめたまま、口をきくことすら忘れてしまったようでした。
でも。
「すっげぇ可愛いな。オレ、モロ好みだよ」
そう呟いたハボックの言葉は、聞き逃しませんでした。
「あれなら男でもいいなぁ。な、そう思わねぇ?」
「バカを言うな」
ロイはハボックをじろりと睨みました。
「そんな軽い気持ちであの子に近づくな」
「………………は?」
恋愛ごとに関しては自分以上に軽いロイから出た言葉とは思えなくて、ハボックは真ん丸な目でロイを見ました。
「………あんた、まさかマジ?」
ロイは力強く頷きました。
「これ以上ないほどマジだ。私の妻はあの子しかいない!」
「………………」
ハボックは後ろを振り向きました。そこにはブレダとヒューズがいます。
ブレダは呆れたように肩を竦めただけでした。ヒューズは額に手をあて、渋い顔をしています。きっとロイをここに連れてきたことを後悔しているのでしょう。
「そうとなれば、ライバルはさっさと蹴散らすに限るな」
ロイは家の表側に戻り、そこでまだ待っていたヨキ含む男たちを見回しました。
「私はロイ・マスタングだ。この名に聞き覚えのある者は、さっさと立ち去れ」
ロイの顔を知らなかった者も、現皇帝マスタングの名は知っています。皆は顔を見合わせて、渋々退散していきました。
「次の方ー………あら?」
ウィンリィが出てきて、驚いたように周囲を見回しました。あれほどたくさんいた順番待ちの男たちが、ロイたちだけになっていたからです。
「入ってもよろしいでしょうか?」
爽やかスマイルで聞くロイに、ウィンリィは戸惑いながら頷きました。
「どうぞ。あの、そちらの方もご一緒に」
あと二人なら、いっぺんに終わらせてしまいたい。そんな顔でウィンリィはハボックを促します。

かくしてロイとハボックは、ようやく天女の待つ家の中へ入ることができたのでした。



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