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だって夏だし





「夏といえばコレだよね」
そう言って、たまたま廊下で会ったオレを手近な部屋に引っ張りこんだアルが嬉しそうに腹から取り出したのは一冊の本。
「ボクが読んであげるから、兄さんは明かり消して。ほら、エンヴィーは蝋燭!」
しゃきしゃき仕切るアルはマジで楽しそうだ。てゆーか、明かりを消しに行くエドも妙に足取りが軽くないか?
オレは蝋燭に火をつけた。部屋は闇に包まれ、小さな蝋燭の炎だけがぼんやりとまわりを照らす。
なにこれ。なにこの雰囲気。その本いったい何。冒険ものとか恋愛ものとか、そーいった雰囲気じゃないよねコレ。
挙動不審なオレを見ながらアルが本を開く。

「昔、とあるお城に開けてはならない扉が………」

「待てぇぇぇ!!」
オレは怒鳴って立ち上がった。予想していたのか、アルもエドもまったく驚いてない。なに、打ち合わせ済み?
「それいったい何の本だよ!てかなんで朗読すんのにそんな不気味な声出すんだよ!」
「えー?だって」
アルが可愛く首をかしげながら本の表紙をオレに向けた。
『恐怖の実話集!本当にあった怖い話』
「夏っていったら怪談でしょ?」
オレは黙ったままドアに突進した。しかし回り込まれてしまった!ドアの前にはエドが立ち、暗がりでもわかる胡散臭い笑顔でまあまあとオレを押し戻そうとする。
「いーじゃん、たまには皆で読書会ってのもさぁ」
「ふざけんなっつの!オレがあーゆうのダメなの知ってんじゃん!絶対やだ!帰る!」
「しょーがないなぁ」
アルは本を閉じて横に置いた。
「じゃ、せっかくだし内輪話でもしようよ。普段ゆっくり話すことってないしさ」
仕方ねぇな、とエドが肩を竦めるのを見て、オレは少しだけほっとした。アルは本から手を離していて、振り向く様子もない。

蝋燭のまわりにまた座りなおし、なにを話すのかと聞くとエドが口を開いた。
「オレ、こないだ南の町に行ったときさぁ、アルとはぐれちまってさ」
あ、普通の話だ。オレはうんうんと相づちを打って先を促した。
「……でさ、腹は減るし道はわかんねぇしで、仕方ないから近くにあった家に行ったわけ。道聞こうと思ってさ」
じじ、と音を立てて蝋燭が燃える。風もないのに炎が揺らめいて、オレ達の影が揺れた。
「……おばあさんが出てきて親切に教えてくれてさぁ、オレ礼言ってその通りに行ったわけ。そしたら、着いた先は荒れ果てた墓地で」
「…………ちょっと待て」
「あとから聞いたらさ、オレが行った家、おばあさんはとっくに死んでてもう誰も住んでないって」
「待てって言ってるだろー!!」
「じゃ今度はボクね。リゼンブールの村の外れにある廃屋の井戸でさ」
「わーわーわー!!!」
制止を聞かずに語り続ける声を消すために大声をあげたら、やっと二人がこっちを見た。
「うるせぇなーエンヴィー、話の邪魔すんなよ。あと98話もあるんだから」
「百物語かよ!」
血の滲むような悲鳴でツッコミを入れたが、二人は顔を見合わせて「だって夏だし」とか言ってる。悪魔だ。鋼鉄の悪魔とちび悪魔だ。
「マジ帰る!もーやだ!」
逃げようとするオレの腕をアルが掴んだ。足はエドが右手でがっちり掴んでいる。二人は暗い笑顔でオレを押さえこみ、
「いいじゃんかよー聞いてけよー」
「怖がる人見るの面白いんだもん」
必死であがくオレを、蝋燭の傍へ引きずり戻そうとしている。悪魔じゃなくて亡者だ。怪談よりコイツらが怖い。
「たーすーけーてー」
ずるずる引きずられて床に爪を立てながら、もうダメかもしれないとオレが諦めかけたとき。

ドアがいきなり開いて、差し込む光の中に人影が浮かんだ。

「なにをやってるんだ鋼の。真っ暗じゃないか」

ああマスタング大佐、あんたってば本当に素敵なタイミングで現れる。
救世主のほうへ手を伸ばして、オレは涙目で訴えた。
「助けてマスタング大佐。とり憑かれるー!」
「………なんの遊びなんだ?とにかく今からこの会議室を使うそうだから、蝋燭を片付けなさい」
渋々オレから離れて片付け始めるエドとアルに、ほっと息をついてオレはドアの外に出た。ああ、明るいって素晴らしい。暗かった会議室にたちこめた瘴気も霧散したようだ。
「ああ、鋼の。お茶でも飲みに行かないか?表通りに新しいカフェができたんだ」
神の遣い、いやもしかしたら神様の化身かもしれないマスタング大佐は素早くエドの肩に手を回して抱き寄せた。どうしようかな、と迷うちび悪魔をなかば強引に口説きながら連れ去って行く。さよならエド、秋まで絶対会わないぞ。
オレはアルにも同じ思いで手を振って笑顔でさよならを言い、明るい廊下を歩き出した。


しばらく歩き、ドアを抜けて軍本部の地下に入る。そこからはちょっと薄暗い。秘密の地下道らしく明かりがまばらで小さいからだが、そのうち絶対千ワットくらいの電球を百個天井に並べてやるんだ。秘密もなにも、エドもアルもここは知ってるんだ。今さら地下組織ぶっても仕方ないじゃん。てゆーか暗いと怖いし。

ふと足音が聞こえた気がして、オレは振り向いた。
薄暗い道には誰もいない。どっかから水が滴る音だけ響いてくる。
気のせいか。オレはまた歩き出した。
するとまた後ろから足音が。
そして耳元で囁く声。

「ここは昔、無縁墓地だったんだ。今でも浮かばれない魂達が彷徨っていて、時々通る者の肩をぽんと叩いてね……」

肩を叩く感触。思わず振り返ると、真正面に超アップでアルの顔が。

「そして、振り向いた者を亡者の世界に連れて行くんだよ…………」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

救世主はすでにちび悪魔に連れ去られている。オレは追いかけてくる鋼鉄の悪魔のがしょんがしょんという足音を聞きながら必死で走り続けた。

もう絶対、夏に暇してるエルリック兄弟には近づかないぞと再度誓いを新たにしたが、もう遅いかもしれない。
目の前には果てしない地下道が、明かりもないいくつもの分かれ道になって広がっているだけ。

誰の気配もしない。

助けはもう、どこからも現れそうになかった。






END.
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