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永遠の願い





町を出て丘を上ると、その向こうが見渡せた。
たくさんの兵士が倒れ、たくさんの兵士が走り回っていた。死の匂いがたちこめていた。疲れきった顔の兵士達が、それでも銃を抱えている。
敵はもうほとんどいなかった。見たことのない服を着た敵兵らしき者たちは、みな武器を奪われて捕らえられている。
戦いは終わりかけている。
エドワードはほっとした。戦わなくてはならないのかと思っていたから。他に、自分がここに来た理由が見つからなかった。

エドワードの脇をすり抜けて、青い軍服を着た若い兵士が仲間のほうへと駆け寄っていった。泥だらけで血まみれだったが、怪我はあまりしていないようだった。頭に白い包帯を巻いた若い兵士は、疲れて座り込んでいる兵士に近寄って懐からなにかの包みを出した。簡易食だ、とエドワードは思った。昔、司令部で見たことがあった。賞味期限が切れそうだからと中尉がそれを開けて皆を見たが、誰も進んで手を出そうとはしなかった。不味いんだよなソレ、とブレダ少尉が言い、自分と弟はけたけた笑った。

あれはいつのことだったろう。ずいぶん昔のような気がして思い出せない。
記憶の中のブレダ少尉と同じように嫌な顔で兵士がそれを受け取ったのを見て、エドワードはくすりと笑った。

それからまた周囲を見た。終結を迎えた戦場は、いまだ小競り合いが続いてはいるがさっきまでのような爆音は聞こえない。あちこちから上る煙が空を覆って、今が昼間なのか夕方なのかもわからなかった。

なにをしにここに来たんだろう。
自分は、それまでどこでなにをしていたんだろう。
また考えながら歩き出した。周囲を見回すが、なにを探しているのかはわからない。
あの男を探しているんだろうか。エドワードは立ち止まった。あの黒髪の男を。もと後見人だった、あの人を。

来ているわけがない。
エドワードはため息をついた。あの男は出世して、中央にいる。こんな最前線に来るような身分ではない。

もう、繋がりはないのだ。

銀時計を差し出したエドワードに、薄く笑ってからそれを受け取った男は、背を向けた相手に向かって口を開いた。
また来るんだろう?
それへエドワードは頷いた。
近いうちに来なさい。渡したいものがある。
それにもエドワードは頷いて、じゃあまたなと手をあげた。
渡したいものがなんなのか、見当もつかない。興味はあったが、ないふりをした。
頷いたのもまたなと言ったのも、嘘っぱちだった。
二度と会うつもりはなかった。

戦場に立ち尽くすエドワードの脳裏に、思い出がゆっくりと蘇った。
暖かい包容と優しい瞳。繰り返し囁かれる言葉。
好きだよ、と何度言われたかわからない。同じ夜を何度過ごしたか。
エドワードは蹲った。叫んで暴れたかった。思い出したくないことばかりが蘇る。あれは忘れてしまわなくてはならないことだったのに。
手足のない兄と体のない弟に、あの男はたくさんの優しさをくれた。自責の念にとりつかれたようになっていた兄には、特に。
初めて抱かれたときには、エドワードは泣いていた。涙を流せない弟から隠れて、一人で。
それを哀れんだ男がくれた、『愛情』とよく似たなにかを、自分は勘違いした。取り違えてしまった。男に本気で恋をしてしまった。

だからあの日、さよならをした。口には出せなかったけれど、男は感じ取ったはずだ。なのに今さら。

今さら。

そう思ってから、エドワードは顔をあげた。周囲をもう一度見回し、呆然としたまま立ち上がった。

あれからどれくらい経っているのか。自分はなにをして過ごしていたのか。今は、いつなのか。季節すらもわからないのは、ここが戦場だからというだけではないはずだ。

なぜ、なにもかもわからないんだろう。

自分は、あのあと汽車に乗った。
窓の外を見ながら、少しだけ泣いた。夕焼けがひどく赤くて、血の色をした太陽が地平線から半分覗いていた。
それから。
そのあと。

足が震え始めて、エドワードが倒れそうになったとき。

そばを誰かが走り抜け、窪地に張られたテントへと向かって行った。
テントから一人、青い軍服が出てきて左右を見た。それへ駆け寄った若い軍人が、敬礼をしながら声をかけた。

「大佐!」

目を見開くエドワードに、テントから出てきた軍人はくるりと振り向いた。
エドワードではなく、敬礼した部下を見るその人は、金髪に青い瞳をしていて口にはタバコをくわえていた。

「医者はまだか?」
「は、町外れで線路が破損しておりまして。リゼンブールから車でこちらへ向かったそうです」
「そっか……あと30分くらいで着くかな?」
大佐と呼ばれたハボック少尉は、タバコに火をつけてふぅと煙を吐いた。

少尉が大佐?
リゼンブールから30分?
なんなんだ?リゼンブールのそんな近所で戦争なんて、聞いたことがない。
だいたいなんで少尉がここにいて、大佐なんて呼ばれてるんだ。
エドワードは目眩を堪えてテントに近づいた。近づくにつれて見えてくるハボックの横顔は、変わらないようでいて変わっていた。纏う空気は変わらないのに。

「大総統は……」
若い軍人が言いかけると、ハボックは首を振った。
「無理して出てきたしな。医者が来るまでもつかどうか」
大総統。たしか東部の司令官が就任したはずだ。
高齢だったしな、とエドワードはテントを見た。テントはある種の匂いを放っていた。

ここにも、死の匂いがする。


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