霧の向こうへ






老婆は以前と変わりなく、無愛想にも見える表情でロイを見た。
「また来たのかい」
「ええ。お久しぶりです」
老婆は頷き、用事はわかってるよとエドワードを見た。
「迎えに来たんだろう」
「そうです」
目を丸くするエドワードの肩を抱いて、ロイは老婆を見つめた。
「この子が欲しくて、あれからずっと探してたんです。連れて帰っても、」
「いいよ」
ロイの言葉が終わらないうちに、老婆は頷いて笑った。
「こんなところまで探しに来ようなんてのはあんたくらいなもんさ。それだけ想われているなら、きっとエドも幸せになれるだろう」
エドワードは戸惑ってロイを見上げた。
「オレ、あんたとどっか行くの?」
「嫌か?」
「そんなことねぇけど……ほんとに?」
信じられないという顔のエドワードの肩を、老婆がぽんと叩いた。
「さ、行くなら急ぎな。霧が晴れちまう。あっちとこっちを繋ぐ霧は気紛れでね、へたすると一瞬で消えちまうことがあるからね」
「はい。では、」
ロイがドアに向かうと、そうだと老婆が手をあげた。
「髪は置いて行きな」
「え」
まだ手に掴んだままだったエドワードの三つ編みを見て、ロイは迷った。光を放つ美しい髪は、とても捨てて行けるものではない。
だが老婆は首を振った。
「女の念は髪に篭るもんさ。それはエドがここから出るのを邪魔するだろう。置いて行きな、髪はまた伸びる」
ロイは前回、この髪が引っ掛かったおかげでエドワードを連れて行けなかったことを思い出した。
「……わかりました」
仕方なく三つ編みから手を放す。輝くそれはロイを魅了していて、そこから立ち去ることを躊躇わせた。

「行こ、ロイ」

顔をあげると、エドワードが手を差し出してこちらを見ていた。

「ああ、行こうか」

それを握り、もう離さないと強く思う。

三つ編みをその場に残し、ロイはエドワードを連れて来た道を走った。













「次の休みはどうします?」
タバコをくわえた部下がのんきにカレンダーを見て言った。
「前はあっち行ったし、次は北のほうとかどうスか」
「ああ、それな」
ロイは手を休めることなく答えた。
「もういい」
「へ?諦めたんスか?」
「そうじゃないが、もういいんだ」
相変わらずのスピードだ。内容を読んでいる暇はない。さっさと終わらせて帰らなくては。
「どうだ、次の休みにはブレダと一緒にうちに遊びに来ないか」
「…………あんた、どうしちゃったんスか」
疑念でいっぱいらしい部下に、ロイは穏やかな微笑みを浮かべた。


「今度、お客さんが来るよ」
帰宅して言うと、真新しい靴を履いた恋人は驚いた顔をした。
「誰?オレ、うまく話できるかな」
恋人はまだこの世界をあまり知らない。それを悟られるとまずいと、なんとなくわかっているらしかった。
「大丈夫。きみも会ったことがある奴らだから」
ほら、前にあそこに行ったとき私と一緒にいただろう。太ったのと長いのが。
そう言うと恋人は思い出したらしくほっとした顔で頷いた。

「愛してるよ、エドワード」

抱き寄せて囁くと、慣れないらしい恋人は頬を染めて俯いてしまう。
それが可愛くてたまらない。ロイはだらしなく緩んだ顔を見られたくなくて、恋人の肩に顔を埋めた。


人工の明かりの下でも、きらきらと輝く金色の髪。

恋人から香る自分のシャンプーの匂いを吸い込んで、ロイは思案した。
なかなか慣れてくれない恋人を、今夜はどう言ってベッドに誘おうか。

「エドワード、腹が減った。きみが食べたい」

試しにそう言ってみたら、金色の瞳が真ん丸になった。

「ロイ、人間の肉が好きなの?」

違う。

「きみを抱きたい、という意味なんだが」

「今抱いてるじゃん」

ああもう。

どう言えば伝わるのかわからなくて、それがまた楽しくて。

ロイはくすくす笑いながら、態度で示すことに決めて小さな体を抱きあげた。

「ごはん食わねぇの?」
「もちろん食べるさ。きみのあとにね」
ようやく意味がわかったらしく真っ赤になるエドワードをベッドに横たえて、ロイは思った。
おとぎ話ではお姫様は王子様が迎えに来て、幸せに暮らすと決まっている。
だったら自分たちも、死ぬまで楽しく幸せに暮らしていけるはずだ。

だってこの子は、おとぎ話の主人公なのだから。

「童話のお姫様を連れて帰った男なんて、世界で私だけだろうな」

「…え、なに?」

呟きを耳悟く拾って聞き返すエドワードに、ロイは優しく口づけた。

「なんでもないよ。愛してる、エドワード」


おとぎ話の通り。

二人で、幸せになろう。









END,

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