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一寸兄さんの冒険





ロイはまだジャンと話をしている。それをちらちら窺いながら、リザが早く早くとオレを急かす。
成功するのかどうかの前に、ほんとにそれでいいのかとリザを見た。リザは自信満々な様子で、オレの肩をぽんと叩く。
「今のうちよ。ジャンが気を逸らしてくれてるうちに」
おお。そういう言い方すると、なんかジャンが陽動作戦かなんかやってるみたいに聞こえてかっこいい。ほんとは本気でロイに泣きついてるだけなんだけど。

では、今のうちに。

オレは小槌を握って、昨夜ロイがやってたみたいにひょいひょいと振った。何回振ればいいのかわかんないから、適当に。

それから、願いを口にしてみた。



「ここんちに今いる鬼はみんな、人間になぁれ」



その言葉に振り向いたロイが、びっくりした顔で立ち上がった。

「エドワード!今、なにを………!」

こっちへ来ようとして一歩踏み出して。

それから、ロイは倒れて意識を失った。









他の部屋にいたロイの部下たちも、みんな倒れていた。一ヶ所に集めて押し入れから引っ張り出した毛布をかけ、目覚めるのを待つ。リザとジャンが不安そうに、オレと小槌を見た。
「エドワードくん、これ大丈夫なの?」
「死んだみてぇに寝てるけど……」
「大丈夫だと思うよ」
オレが大きくなったときも、体が熱くて息ができなくなって、しばらく気絶してしまっていた。きっと体が変化するときそんなふうになるんだろう。
すやすや眠る鬼たちからは、角が消えてなくなっていた。

しばらく待っていたら、まずロイが目を開けた。他のみんなも目覚め、ゆっくり起き上がってきょろきょろし始めた。
「……あれ?なんでオレたち寝てるんだ?」
不思議そうにオレに聞いてくるブレダの口元に、覗いていたはずの牙はなかった。
「ブレダさん、気分はどう?」
「あ?別に。なんなんだ、なにがあった?」
怪訝な顔をするブレダの向こうで、ロイが眉を寄せて起き上がった。
「エドワード、私の心配はしてくれないのか」
不機嫌そうに言うロイは元気そのものの顔色だ。
「じゃあ仕方ねぇから嫌々聞くけど。生きてる?」
「見た通りだ」
「……ちっ」
舌打ちは気にならないらしい。ロイは機嫌を直し、リザを見て苦笑した。
「やられたな、まさかそう来るとはな」
「あら、私が黙っておとなしくしてると思ってた?」
リザは肩を竦めた。
「あなたには、国が荒れた責任をとっていただかなきゃならないもの。それにエドワードくんを鬼の国なんていう異次元ワールドへ嫁に行かせるわけにはいかないわ」
「ここで今まで通り働けと?腑抜けの大臣どもと役に立たない君主の国など、私がなにもしなくてもそのうち消えてなくなっていたんじゃないか?」
「腑抜けと役立たずしかいないからこそ、あなたに頑張ってもらいたいのよ。ね、ジャン。そうよね?」
「………………うん、そうですね…………」
ジャンは遠い目をしている。ちょっと気の毒だ。
「お待ちください、ロイ様」
ファルマンが戸惑い顔で手をあげた。
「いったいなにがどうなったのですか?私にはなにがなんだか……」
「ああ、」
ロイは頷いてリザを見た。

「要するにだな。私たちはあの小槌の力で、人間にされてしまったわけだ」

「人間に?」
「な、なんでオレたちが」
目を丸くする元鬼たちに、ロイはため息をついた。

「この国を乱した責任をとらされたらしいな。私が力をなくしたから、入り口は閉じてしまったし、おまえたちも私ももう闇の世界には帰れない。諦めてここで暮らしていくしかないな」

「はぁ、なるほど」
フュリーはあまり動揺してないようだ。オレをちらりと見て、他の仲間に目を向けた。
「ボクらにとっては今までとたいした違いはないってことですよね。ロイ様のお世話をして、これからはエドワードくんのお世話もして」
「まぁ、そうだなぁ」
ブレダも二重顎を撫でながら頷いた。
「通いで働いてたのが、住み込みになっただけだし。ちっと楽になったかな、通勤なくて」
「いや、しかし。いきなり人間だと言われても、私は………」
まだ動揺しているファルマンが言うと、ブレダとフュリーは顔を見合わせた。
「だってオレたち、鬼ではあるけど。仕事は料理とか洗濯とかだぜ?」
「ファルマンさんだって、書類仕事とかじゃないですか。なにか困ることがあるんですか?」
言われてファルマンは考えて、やがて首を振った。
「特になにもないです」
「じゃ、いいじゃねぇか」
「そうですね」
「ですよねー」
鬼っていうのは単純なんだろうか。三人とも頷き合ってオレを見て、よろしくと笑顔になる。いいのか本当に。鬼としてのなにかはないのか。それとも鬼と人間って、じつはそんなに変わらないんだろうか。

「あなたの部下たちはものわかりがよくていいわね」

リザの勝ち誇った笑顔に、ロイはまたため息をついた。手をあげてオレを呼ぶ。なにかと思って近づいたら、いきなり捕まって抱きしめられてしまった。

「仕方がない、どうやら私の負けのようだ」

「では、」

「ああ。今まで通り、大臣として働くことにしよう」

言いながらオレのデコにキスをするロイの口元にも、もう牙はない。

一気に明るい顔になったジャンとなにやら難しい政治の話をしながら、ロイはオレを離さない。
元鬼たちはさっさと毛布を片付けて、それぞれの仕事を再開した。

そうして、ロイはまた政治の仕事をするようになった。なにもしない大臣たちを首にしてファルマンを部下にして、税金も下げて国をよくするために頑張った。
おかげでリゼンブールも元通り平和な村になったらしい。時々来るアルからの手紙では、みんな幸せに暮らしているようだ。
ジャンとリザは結婚し、リザの采配で国はますますよくなった。ジャンの影はどんどん薄くなり、リザを女王と呼ぶ人が増えていく。ちょっとジャンが可哀想な気もするが、国がそれで平和なら仕方ないかもしれない。

オレはというと、ロイの嫁になり、そのままロイの家で暮らしている。仕事が終わると同時に風のようにすっ飛んで帰ってくるロイに毎日毎日べったりと貼りつかれ、ウザったくて仕方ない。

「そろそろ子供がほしくないか?」

「バカかてめぇ。オレ男なんだからできるわけねぇだろ」

にこにこするロイが指差すのは、あの小槌。

「男の子がいいかな、女の子かな」

「…………好きにしろ」

なんか幸せな気がする、なんて。

こいつには絶対、言ってやらない。






END,
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