一寸兄さんの冒険





時計が昼を指してからしばらく経って、ようやくロイが帰ってきた。
やけに賑やかに入ってきたと思ったら、ジャンも一緒だ。辞める辞めないの口論をまだ続けているらしい。
「エドワード!ただいま、寂しかったか?」
ロイはオレに抱きついた。まわりに誰がいようがお構い無しだ。
「すまん、昨夜の今朝で一人にしてしまって。ブレダ、昼飯にしてくれ。エドワードが餓死してしまう」
「いや、死なねぇから」
焦って腕から抜けようともがくが、がっしりと閉じ込められてしまってどうにもならない。
「ロイ、飯はいいからとにかく話を聞いてくれ」
ジャンはオレだと気づかないようで、話の続きをしようと必死だ。ロイの肩を掴み、自分のほうへと向かせようとする。
「おまえがいねぇと、どうにもなんねぇんだよ。な、給料上げるし有給増やすから。辞めるとか言わねぇでくれよ」
「上様、そのお話はさっき終わったと思いますが」
ロイは振り向きもせずに言った。
「私は国に帰らねばならない事情ができましたので。大臣は他にもいるし、そっちでなんとかすればよろしい」
「あいつら使いもんになんねぇよ。おまえだけが頼りなんだよ」
情けない声で頼み込むジャンに、ロイはあくまで冷たい。オレはジャンが可哀想になって、どうにかできないかとロイを見上げた。

「情けないお姿ですこと」

そこに響いたのはオレじゃなくてリザの声。
驚いたジャンが振り向くと、呆れた顔のリザが座敷に座っていた。
「リザ!なんでこんなとこに」
「エドワードくんを探しに来たのよ」
「エド、って……人形の?」
「人形じゃねぇよ!」
訂正の声がロイの腕の中から聞こえたことに、また驚いたジャンがこっちを見た。
「…………あれ?」
オレにやっと気づいたらしく、ジャンの目が丸くなる。
「………おまえ、もっとちっさくなかった?」
「その話はあとで」
リザがジャンを遮って、ロイを見上げた。
「色々聞いたわ。それで、お話があるのだけど。よろしいかしら?」
「リザ様が私にですか。なんでしょうか」
ロイはリザに笑顔を向けて、座敷に座った。そこへ鬼たちがいそいそと昼食を持ってくる。人数分並んだおかずに、ブレダの手の早さを思って感心した。
最後におつゆをみんなに配ったフュリーが退室すると、座敷の中は微妙な雰囲気になった。戸惑いながらも席につくジャンと、ロイを見つめ続けるリザ。その対面に余裕で微笑みを浮かべるロイと、その腕に掴まったまま膝の上に座らされてるオレ。なんか、えらくシュールな光景だと思うんだけど。
「…………あなたのシェフは腕がいいわね。エドワードくんの朝食を半分ご馳走になったけど、とても美味しかったわ」
「それはどうも。伝えておきます」
あんな呆然とした顔でも、味はわかったのか。リザに感心していると、ジャンが居心地悪そうにリザとオレを交互に見た。
「なんでリザがエドと一緒にロイんちで朝飯食ったんだ?」
もっともな疑問だとは思うが、リザはそれに答える気はないらしい。ていうか、ジャンの存在からして無視するつもりのようだ。なにも聞こえなかったかのように、ロイだけを睨むように見つめている。
「ねぇ、あなた。エドワードくんをお嫁にもらうと言ったそうだけど、本気なの?」
「もちろんです。いけませんか?」
頷くロイに、リザが目を細める。
「聞いた話では、あなたはずいぶんたくさんの女性とお付き合いなさっていたとか。可愛いエドワードくんを嫁に出す身としては、そういう噂は不安なんだけど」
え。オレ、いつからリザんちの子になったんだ?
「はは、昔の話ですよ。今の私はこの子しか見えていません」
「昨日会ったばかりなのに?」
「好きになるのに時間は関係ないでしょう。リザ様も、昨日初めて会ったばかりのエドワードにずいぶんご執心ではないですか」
「だって可愛いもの。小さくて」
色々反論したい気分だ。
「そうですね。小さくて可愛いし、それに勇気と度胸がある。性格もいいし、なにより美しい」
ロイがオレを見つめながら言う。やめろ、背中が痒くなる。
「だからこそ、私のものにしたいと思ったのですよ」
「………なるほど。では、浮気はなさらないでしょうね?」
おお、リザってばいいとこ突っ込むな。
「まさか。この子がいれば、他にはなにもいりませんよ」
「そう。それを聞いて安心したわ」
頷くリザの隣では、無視されたジャンが一人でもくもくと昼飯を食っていた。




昼食がすんで食器が片付けられると、座敷の中はまた微妙な雰囲気が漂う。とにかく辞めると言い張るロイと、辞めないでくれとすがるジャン。リザは黙っているが、どこか隙を窺っているような目でロイを見ている。オレはというと、いまだにロイに捕まっていた。
「何度言われても、無理なものは無理です」
「そこをなんとか」
平行線を辿る会話は、いつまで経っても終わる気配がない。
襖がちょこっとだけ開いて、フュリーがちらりと覗いた。
「あの、お茶はどうしましょうか」
「あ、オレ運ぶよ!」
ロイの腕から逃げ出すチャンス。オレは急いで立ち上がった。みんなの前でいつまでも膝の上とか、もはやイジメだ。恥ずかしくて仕方ない。
ロイはオレが逃げないと思ったらしく、強いて追おうとはしなかった。しつこく食い下がるジャンの相手をするほうに意識が集中しているからかもしれない。

「手伝うわ」

リザが立ち上がって、オレの側へ来た。

フュリーからお盆を受け取り、それをいったん畳の上に置いて。

「エドワードくん、これ」

袂から出してオレの手に握らせたのは、あの小槌だった。




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