一寸兄さんの冒険






結婚。
リザはそう言ったきり黙ってしまった。
居心地が悪くなったオレは、台所へ行って食器を探した。お茶碗とお椀を持って食卓に戻り、ごはんとお汁をよそってリザに差し出す。リザは機械のようにそれらを受け取って、お箸を手にして食べ始めた。
多分、無意識というか条件反射みたいなもんだろう。薄茶色の瞳はどっか遠くを見ていて、なにか忙しく考えているみたいだった。
おかずを分けながら黙ったまま二人でごはんを食べ、お茶を出してから食器を片付ける。それでもリザはぼんやりと考えこんでいて、食卓をじっと見つめていた。

台所で食器を水に浸けていると、側の勝手口ががらりと開いた。
「あれ?あんた誰だ?」
問いかけたのはオレじゃなく、入ってきた男。ころころと肥えたそいつは、寝間着のままのオレをじろじろ見てから居間のほうを覗いた。そっちにはまだ呆然としたリザが座っている。
「なんだ?ロイ様の婚約者ってのは二人もいるのか?」
ロイを様づけで呼ぶってことは、ロイの部下なのか。
「あっちは違うよ。リザは殿様のお嫁さんになる人なんだ」
訂正すると、男はオレに目を戻した。
「なんだ。じゃ、あんたが婚約者なんだな?」
「そ………う、なのかな………」
いまいち釈然としないが、結婚しようと言われたのは自分なので渋々頷いた。男は笑顔になり、大きな手でオレの手を握った。
「そうか、そいつはすまねぇ。オレはブレダってんだ。ロイ様の専属シェフだ」
「シェフ?…あ、じゃこのごはん作ってくれたの、あんたなんだ?」
握られた手をぶんぶん振られて、オレはくらくらしながらとりあえず笑顔になった。
「ありがとう、美味しかった!」
そう言うとブレダは満足そうに笑った。よく見ると、その口元から牙が見える。
「あんたも鬼なの?」
「そうだよ。いやぁ、どんな女が奥さまになるのかと思ってたけどよ、安心したよ。よろしくな」
ブレダはオレの手を離して、台所の片付けを始めた。手早く済ませて野菜を出してきて、次の料理の下拵えをする。かなり手つきがいい。さすが、と感心して見ていたら、また勝手口が開いてもう二人鬼が入ってきた。すげぇ、百鬼夜行みたいだ。
ブレダがオレを鬼たちに紹介し、お互いに頭を下げ合う。鬼はファルマンとフュリーという名前で、ロイの家の掃除や片付けをしに来たと言った。
想像していた鬼とはかなり違う印象の3人と、オレはすぐに打ち解けた。フュリーが持ってきたお菓子をみんなでつまみながら、ロイの噂話をする。あいつ、結構な女タラシらしい。嫁に来いとか言っといて、まさか浮気とかしねぇだろうな。
「……で、エド」
しばらく話をしていたら、ブレダがちらりと居間を見て言った。
「あそこにずっと座ってる美人。動かねぇけど、大丈夫なのか?」
「……………あ!」
リザをすっかり忘れていた。
慌てて居間に戻ってみると、リザはまださっきのままで呆然としていた。




「………とりあえず、あいつが鬼だというのはわかったわ」
リザはようやく焦点の合った目で、オレを見て言った。台所ではブレダが料理をしているし、外ではフュリーが洗濯物を干している。居間の隣の部屋では、ファルマンがロイの仕事を片付けていた。そんなふうに鬼に囲まれていては、信じないわけにはいかないのだろう。
「では、あの小槌。あれは本当に魔法のアイテムだったわけね」
リザはただぼんやりしてたんじゃなかったらしい。理知的な光をたたえた瞳が、オレの瞳を見つめている。
「うん。だって、あれ振ったらオレ大きくなったし」
頷くと、リザは考えながら周囲を見回した。
「小槌はどこ?」
「え。リザ、なんか欲しいものがあるの?」
「ええ。できればもう少し胸が………いやいや」
リザは首を振った。
「小槌があれば、なんとかなるかしらと思って」
「なんとかって?」
「今のこの状況を、なんとかできるかもしれないのよ」
「…………」

この状況、というのは。
ジャンが殿様になってから荒れてきたこの国のことだろうか。
それともロイがいたせいで怠け癖がついて働かなくなった大臣たちのことか。
それとも。
鬼の国へ嫁に行くことが決まった、オレのことだろうか。

「全部よ」
リザは寝室のほうを見て、小槌を探して来いとオレに言った。寝室に入るのは抵抗があるようだ。

寝室に入ると、布団はフュリーがたたんで片付けてしまっていた。シーツがきっといろんなことになってたはずだと思うと死にたくなるが、そんなこと言ってる場合じゃない。
小槌は見当たらない。ロイが隠してしまったのか。
きょろきょろしているうちに、オレは自分がまだ寝間着を着ていることに気づいた。もう昼なんだけど、いつまでこの格好なんだ。なんか他に着るものはないのか。
タンスに近づき、上から順番に開けて見た。ロイのものと思われる服がたくさん入っているが、勝手に着ていいんだろうか。

一番下を開けると、そこに小槌が入っていた。押しのけて服を探すが、よさげなものはない。

仕方なく、オレは寝間着のままで小槌を掴んで居間に戻った。




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