一寸兄さんの冒険





「………痛ぇ………」
布団にうつぶせになったまま動けないオレを、ロイは心配そうに見つめて背中を撫でたりしてくれた。
「すまん。えーと、大丈夫か?そこ」
謝りながらロイが聞く。そこ、と指で触れる場所に、オレは顔だけロイに向けた。
「触んな、変態」
「変態って!心配してやってるんじゃないか!」
「誰のせいだよ!こっちは初めてなんだから、ちっとは加減しやがれ!」
ああ、怒鳴ると地味に響く。
ロイはオレの言葉を聞いて、ひどく嬉しそうな顔になった。
「そうだな、私のせいだ。もちろん責任は取るよ」
「責任?」
「一緒に来てくれるんだろ?」
「………一緒に、」
そうだった。寝室に来てから忘れていたけど、オレはこいつと一緒に鬼の住む世界に行くんだった。
けど、それとこれとどう関係があるんだ。責任てなんだ。オレは食われるんじゃなかったのか?
『言ってる意味が違う』
ロイは確かにそう言った。
「………あの……聞くんだけど。なんで責任が、一緒に行くことと関係あるわけ?」
考えてもわからないからには、聞いてみるしかない。
窺うように見つめると、ロイはにっこり笑った。

「きみを連れて帰るのは、食うためじゃないよ。私の妻になってもらうためだ」

「……………つ?」

「今までずっと独身で、そろそろ結婚しようかと考えていたんだ。そんなときにきみを見つけるなんて、私は運がいい」

「……………け?」

言われる言葉の意味を理解することを、脳みそが拒否する。

「だってあんた、オレのこと土産だって……」

「ああ。うるさい部下たちも、きみなら文句は言わないだろうと思ってね」

…………なにそれ。オレ、殺されるんじゃなかったのか?

「まさか。こうなったからには、きみは私が守るよ。安心して嫁に来なさい」

仰向けにされたかと思ったら、そのまま抱きしめられた。枕を用意してくれたくせに、使わせる気はないらしい。それは畳の上に放り出されていて、オレの頭の下にはロイの腕がある。

「とりあえずお休み。明日、上様にお暇をいただいたら国に帰ろう。それまでここで待っていてくれ」

「………鬼のくせに、律儀だなあんた」

「おや。私はこう見えても結構真面目なんだよ」

くすくす笑うロイの瞳は、オレを見つめ続けていた。
その優しい眼差しに、文句を言う気が失せてしまう。

こいつの嫁に。オレが。



考えてもみなかった展開に呆然としている間に、いつの間にか眠ってしまったらしい。
目が覚めてみたら朝になっていて、ロイはもういなかった。台所に行ってみたら朝食が置いてあって、側にメモが一枚。
『行ってくるよ。いい子で待っていなさい』
「……ガキじゃねぇっての」
メモを丸めて放り投げ、それからオレは食卓に座った。
ずっと小さかったから、ごはんは飯粒を両手で掴んで食べていた。茶碗も汁椀もお箸も、ウィンリィがくれたおままごとの道具だった。
ちゃんとした普通の食器を前にして、オレはなんだかドキドキした。お茶碗に手を伸ばし、プラスチックじゃないしっとりとした手触りに感動する。おひつからごはんをよそってそれに乗せ、しばらく眺めてまた感動。小さめのお鍋に入ったお味噌汁をつぐためにお玉を掴んで、そのことにまた感動した。だって今までアルがお味噌汁をオレについでくれるときはいつもスプーンだったし、お椀が小さくて具なんて入らなかったんだ。
焼き魚を眺め、卵焼きや漬物を眺めて、誰が作ってくれたんだろうと考えた。ロイは料理なんてしそうにないし、台所は使っている形跡がない。鬼の王様だと言ってたから、やっぱりお抱えシェフとかがいて持ってきてくれるんだろうか。
まぁ、誰が作ったにしても飯は飯だ。
オレは手を合わせ、お箸と茶碗を両手に構えた。

「いっただきまーす!」

「エドワードくん!」

同時にいきなり戸が開いて、リザが飛び込んできた。
飯を持ったまま固まるオレを見て、回りを見回して、あれ?という顔をする。
「………エドワードくん?」
「うん」
「…………あら?あなた、そのサイズは………」
「あ、えーと………」
オレは昨夜、リザの家からなにも言わずに出てきたことを思い出した。
リザは化粧もしてなくて、髪もまとめてない。上流階級のお嬢様としては、外出するにはあまりにも常識を外れた姿だ。それだけ、オレを心配してくれていたということなんだろう。
「ごめん」
オレはとりあえず茶碗と箸を置いて、手をついて謝った。リザは目を丸くしてオレを見つめていたが、やがてその場にへたりこんだ。
「…………とにかく、よかったわ無事で……」
リザはオレがいなくなっていることを女中から聞いて、すぐに探しに出たらしい。そして河原でオレの服を見つけ、慌ててジャンのところへ行ったらロイが辞めると言っていてジャンが困り果てていて。
それを見て、オレがいないこととロイが関係があると気づいて、急いでここに来てみたというわけだ。女の勘てすげぇな。
「あなたが大きくなったのよね?」
確認するリザにオレが頷くと、リザはほっとした顔になった。
「よかった。ワンダーランドかなんかに迷い込んで、私が小さくなったのかと思ったわ」
そう来るか。意外とファンタジーな頭してんだな、リザって。

「で、なにがあったのか聞かせてもらえるかしら。エドワードくん、あいつになにもされなかった?」

鋭い視線を向けてくるリザに、オレは思わず目を逸らした。

枕元に置かれていた寝間着を着ていて、櫛の場所も知らないから髪はぼさぼさ。俯いて見える範囲の体のあちこちに、赤い跡がついている。多分首のあたりとか、他にもたくさんついているに違いない。

「……………えーと」

「エドワードくん?」

「うー…………」

ダメだ。リザは曖昧に済ませる気はないらしい。

誤魔化すこともできなくて、オレは目を逸らしたまま昨日のことをもそもそと白状した。




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