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一寸兄さんの冒険





リザの屋敷に連れ帰られて、またしても裸に剥かれた。オレの着ていた服が乾いたからと女中たちが言っていたが、単に着せ替えて遊びたいだけなんじゃないのか。
飯のあとに丼に湯を張った風呂を借りて、箱から出されるきらびやかでひらひらのネグリジェとかいう寝間着に必死に抵抗し、オレはどうにか普段着で布団に入ることができた。
いくら小柄でも一応男なので、リザの部屋とは別だ。それを幸いに、オレは真夜中にこっそり屋敷を抜け出した。

植え込みの下から這い出て、ジャンの屋敷に行こうと歩き出したところで足をとめる。

目の前に、ロイが立っていたからだ。

「やぁ、散歩かい?」
世間話でもするみたいに気軽に声をかけてきたロイは、オレに手を伸ばした。
「なんで、ここに」
聞くと、ロイは笑ってオレを掴んで持ち上げた。
「きみならきっと、小槌をもらいに屋敷から出てくると思ってたよ」
夜のロイは、昼間見たときとは別人のようだった。闇に溶けそうな髪と瞳に加えて、真っ黒な着物を着ている。笑う唇の端から、大きな牙が見えた。
「さて、エドワード。私と一緒に来るなら、これをきみにあげよう」
懐からちらりと見せたのは、あの小槌。それを見て、オレはまた手足をばたばたさせた。
「行くって言ったろ!早く寄越せ!」
「落ち着け。では、まずはきみのサイズをなんとかしなくてはな」
ロイはふわりと空を飛び、近くの河原に降りた。ひとけのないそこは、リザと出会った河原に似ている。
オレを地面に下ろしたロイは、小槌を出してにやりと笑った。
「これを使えば、もうきみは私のものだよ。わかってるのかい?」
「わかってるよ。あんたこそ、約束忘れてねぇだろな」
オレはこれから鬼の住む国に連れてかれて、豪華なディナーになるんだろう。このまんまじゃひとくちしかないから、大きくしようというわけだ。
それでもいい。こいつがこの世界からいなくなって、皆が助かるなら。食われるくらいなんてことない。
最期に、普通の人間サイズになれるんだ。思い残すことはない。

「いい度胸だ、エドワード」

鬼が小槌を振りかざした。

一瞬、それで叩き潰されるのかと思った。
オレは身構えて、ぎゅっと目を閉じた。だが衝撃が来る気配はない。

目を開けると、鬼がオレの頭の上で小槌をひょいひょい振っていた。

「……なにやってんの」
「なんだ、殴ると思ったのか?きみにそんな乱暴をするわけがないだろう。傷をつけたら大変だからな」
澄まして答える鬼に、オレはそうかと頷いた。今からご馳走に変身するオレに、傷をつけたら見映えが悪くなってしまう。
「じゃ、なにしてんの」
「小槌の中に封じこめてある魔力を振り出してるんだよ。ちょっとじっとしててくれ」
黙って見ていると、鬼はなにやらぶつぶつ言い始めた。

大きくなぁれ、エドワード。

その途端、オレの体が熱くなった。

「熱…………!」

手で体を抱いたが、どこもかしこも熱くて抑えられない。

苦しくて苦しくて。

目眩がして、オレは地面に倒れこんだ。









「目を開けなさい、エドワード」
鬼の声が聞こえてきた。オレは気絶していたらしい。
はっとして起き上がると、オレを覗きこんでいた鬼と目が合った。
「気分はどうだ?」
「え?」
言われてまわりを見る。
今までと視点が違った。河原の石や草が小さく見える。鬼も、さっきまでは巨大に見えていたのに、今はそんなに大きくない。
「………オレ、大きくなったの?」
呟くと、鬼は笑って頷いた。
「生きたものに使うのは初めてだったんだ。成功してよかった」
実験台かよ。
でも、普通サイズになれた。人間と同じ大きさになれたんだ。
「すげぇ!ありがとうロイ!」
飛び起きたオレは、その勢いで鬼に抱きついた。しゃがんでいた鬼はバランスを崩してしまい、そのまま二人で河原に倒れた。体のあちこちを打って痛いけど、気にしない。嬉しくて、頭の中身がどっか飛んでいきそうだ。
「ありがと!すっげぇ嬉しい!」
素直にそう言うと、鬼はくすくす笑った。
「喜んでもらえてなによりだ。そんな姿で抱きついてくれるのはお礼のつもりなのか?」
そんな姿?
オレは自分の体を見た。

素っ裸。

パンツすらはいてねぇ。

「な、なんで!なにこれ!」
「私はきみを大きくしたが、服まで大きくなれとは言ってないからね」
振り向くと、着ていた服が河原に落ちていた。その辺の石ころと同じくらいの、小さな小さな服。あんなもん着てたのかオレ。
いやいやいや。そんなとこに感心している場合じゃない。
「服出せ服!」
「なんで」
「なんでって!オレは素っ裸で歩けるほど心臓強くねぇんだよ!」
慌てて離れようとしたオレを、鬼が素早く抱きしめた。腕を突っぱねてみたけど、びくともしない。それどころかますます力を入れてくる。
「なにすんだよ!」
「大丈夫、真夜中だから誰もいないよ」
「いや、そこじゃなくて!」
抵抗するオレを抱きこんだまま、鬼はまた空へ舞い上がった。足が浮く感覚と強い風に、オレは仕方なく鬼にしがみつく。
いよいよ鬼の世界のキッチンへ運ばれるのか。オレは抵抗するのを諦めて、まわりの景色を見た。
たくさん連なる瓦屋根と、大小さまざまな道。そこを分けて流れる川をずっと辿れば、アルたちがいる村がある。
最後のお別れくらい、言いたかったな。
オレがしんみりしている間にも鬼はふわふわと飛び続け、やがて一軒の家の庭に降りた。
「あれ?」
ここどこ?
見上げると、鬼は笑って家の中へとオレを抱えて運びこんだ。
「ここでの私の家だよ。誰もいないから気兼ねはいらない」
すぐにでも料理されるのかと思っていたのに、鬼はキッチンを通り過ぎて奥にある扉を開けた。
そこは風呂だった。あらかじめ沸かしておいたらしく、いっぱいに湯が張られた湯船からほかほかと湯気が立っている。
「次はここだ。どうぞ」
ようやくオレを解放して、鬼はどこかへ行った。
「………そうだよな。野菜だって料理する前にはきれいに洗うもんな」
そう納得することにして、オレはとりあえず風呂に飛び込んだ。丼や茶碗以外の風呂なんて初めてで、気持ちいいし嬉しい。
たっぷり浸かってのぼせそうになって出てみたら、鬼は外で待っていた。
「きれいになったか?」
胡散臭い笑顔で聞いてくる鬼はタオルを渡してくれたが、着替えはくれない。
「おい、オレいつまで裸でいればいいんだよ」
湯冷めしちまうじゃんか。そう文句を言うと、鬼はにこにことオレの手を引いて歩き出した。
着いた先はどうやら寝室。布団が一組敷いてあって、枕がふたつ並んでいる。
「なに?寝るの?」
「そうだよ。おいで」
え。おいでって、まさか一緒に寝るの?
動揺するオレを引っ張って部屋に入れ、鬼は襖を閉めてしまった。

鬼はオレを布団に連れて行く。

寝かされると、風呂で火照った体に冷たい布団が気持ちいい。

けど、なんだこれ。
オレは素っ裸のまんまだし、鬼まで服を脱いでいる。

なんなの、この状況。

「オレ、食われるんじゃなかったの?」

その問いに、鬼は嬉しそうに笑った。

「もちろん食うさ。きみは私のものだと言ったろ?」

と言っても、きみと私では言ってる意味が違うようだけどね。

それを頭が理解したのは、裸になった鬼がオレの上へ被さるように体を重ねてきたときだった。

嘘だろ、と叫びたかったけれど。

声は全部、鬼の唇に吸い込まれて消えてしまった。




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