一寸兄さんの冒険





縫い針を構えて睨みつけるオレを見下ろしたロイは、声をあげて笑った。
「勇ましいことだ。きみは勇気があるな、そんなもので私に立ち向かおうとするなんて」
それからひょいと手を伸ばし、オレの持つ縫い針を奪い取った。抵抗する暇なんてない。素早すぎる動作に、気づいたときは武器は奴の手の中だった。
「だが。身のほどを知らぬ勇気は勇気じゃない。無謀、と言うんだよ」
「…………………」
取り返そうにも、ロイが手をちょっと上げただけで、もうオレには縫い針に触ることもできない。
悔しくて悔しくて、泣きたくなった。なんでオレはこんなに小柄に生まれてしまったんだろう。
返せと腕にすがるのも癪で、オレはロイを睨んだまま机の上に立ち竦んでいた。両手は拳を握ったまま。どうにか、なんとかできないか。忙しく回転する頭に、いい案はなかなか浮かばない。
「………いい瞳だな。諦めないのか」
「当たり前だ」
強気に言い返してはみるが、まだなにも浮かんでこない。どうしたらこいつを追い払うことができるんだろう。
ロイはしばらくオレを眺め、それから頷いた。
「なんなら、手を引いてやってもいいぞ」
「…………は?」
ロイは変わらず微笑みを浮かべている。
「闇の世界を統合して、暇になったからこちらに来ただけだからな。ついでに人間の世界もいただいてしまおうかなと思いついただけで、別に無理にじゃなくていいんだ」
「だったら、」
今すぐ帰ってくれ。
そう言おうとしたオレは、ロイがまたこちらを見たことで黙った。
瞳の色が、違う気がする。
黒い瞳の中に、なんだかさっきまでと違うものが潜んでいるような。

「私も王なのでね。手ぶらで帰っては臣下の者になにを言われるかわからない。だから、帰るならそれ相応のものを土産に持ち帰らなければ」

「…………土産って、なに」

「そうだな」

楽しそうなロイの口調に、オレはなんとなく後退りした。嫌な予感が警報となって頭の中に鳴り響いている。

「おまえが私について来てくれるんなら、帰ってもいいかな」

うぁ。やっぱり。

「オレを土産にする気かよ」

「皆喜んでくれると思うぞ。きみは可愛らしいし、気が強くて度胸もある。連れ帰るに相応しいと思うが」

「…………………」

返事ができない。

オレがこいつと一緒に行けば、この国は助かる。ジャンが政治をし、村の皆もまた昔通りに生活できるようになる。ジャンはいまいち頼りないけど、リザが側にいれば大丈夫。かもしれない。

「悪くない取引だろう、エドワード」

ロイが笑うと、唇の端から牙が覗く。

「私はきみが気にいった。ちょっと小さすぎるが…痛!おい、なにするんだ!」
禁句が耳に入った瞬間、オレは目の前のロイの腕に噛みついていた。
「痛いって、エドワード!話を最後まで聞け」
「うるせぇ!オレは小柄なだけだ!」
口を離して怒鳴るオレを、ロイは空いてた手で掴んで持ち上げた。噛みついた場所には歯形がついている。
「まったく、凶暴だなきみは」
「うっせぇ。次言ったら鼻に噛みつくからな」
がちがち歯を鳴らしてみせると、ロイは顔をオレから少し離した。
「私に噛みつくなんて、きみが初めてだよ」
「そりゃ光栄だな。昔から歯は丈夫なんだよ」
こんなサイズでは歯医者にかかれないから、歯磨きは欠かしたことがないんだ。ちょっとちっさいからってバカにしてたら痛い目見るぞ。
「なるほど、小さいことがコンプレックスなわけか」
ロイは笑って、机の下からなにやら取り出した。
小さいトンカチみたいな形。いろんな模様がきれいに入ったそれをオレに見せて、ロイはにやりと笑った。
「これはうちの家宝でね。宝の小槌というんだ」
「…………へぇ」
見たことがないから珍しくはあるが、だからってよそんちの宝物に興味があるわけでもなく、オレはすぐにそれから目を離してロイを見た。
「………で?これがなに?」
「私についてきてくれるなら、これをきみにあげよう」
「……………はぁ」
もったいぶって言われても。そんなトンカチ、なにに使うんだ。

「これは、望みのものがなんでも出てくる小槌なんだ。金でも服でも、なんでも」

「あ、そう」

くれると言われても、使い方もわからないし。
第一鬼の棲む国に連れて行かれて、金やら服やら出してどうすんだ。どうせすぐに殺されてしまうに違いないのに。

「欲がないな、きみは。これが欲しくないのか?」

「別に」

ロイは肩を竦めた。

「なんでも出てくる、と言っただろ?きみが一番欲しいものだって、もちろん出てくるんだよ」

「………………」

「身長、とか」

「ありがとう!」

オレは小槌に向かって両手を伸ばした。じたばた暴れてロイの手から出ようと努力する。

「早くそれ寄越せ!」

「落ち着け、エドワード。私と一緒に行くことが条件だぞ?」

「行く!行くから早く!」

オレはこんな体だから、まともな仕事はできない。弟に世話になるしかないのに、このままロイがこの世界をめちゃくちゃにしてしまえばそれすらできなくなる。
弟はそれでもオレを見捨てることはしないだろう。でも、そしたらオレはただのお荷物じゃないか。

こんなオレにも、できることがあるなら。
鬼に連れ去られて食われてしまうことで、弟や皆が助かるなら。

ていうか、死ぬまでに一度でいいから普通サイズになりたい。鬼が持つ魔法のアイテムならば本物だろうし、ぜひとも試したい。早く寄越せ。

ばたばた暴れるオレを手の中に閉じ込めて、ロイはため息をついた。

「いつだったかケースから逃げたハムスターを捕まえたことがあるんだが、そのときの暴れ方が今のきみと同じだよ」

どういう意味だ。
オレはオレを拘束するロイの指に思い切り噛みついた。




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