一寸兄さんの冒険





ひとしきりリザの説教が終わった頃、やっとジャンはオレが来た目的を思い出したようだった。
「ロイはいつもは執務室にいるよ。色んな仕事を引き受けて一人でやってるから、他の大臣たちからもウケがいいんだ」
おかげで大臣や殿様たちは昼間から飲んで遊んでいられるわけか。
「さっき、ここに来るときに会ったわよ。持ち物検査をされたわ」
リザの言葉に、オレは袂に隠れていたのを見つかったことを思い出した。あいつがそうだったのか。ポーズを決めるのに必死で顔は見なかったが、声はずいぶん落ち着いた感じだった。

ていうかオレどんなポーズとったっけ。忘れちゃった。もしあいつがオレのポーズを覚えていたら、違うカッコしてたら気づかれるかもしれない。

焦るオレをひょいとつまみあげて、ジャンが立ち上がった。
「ロイんとこに連れてってやるよ」
「え!」
ちょっと待て、まだ色んな準備ができてねぇのに。
「多少ポーズが変わってても大丈夫よ。殿様がお人形で遊んでたんだって言えば」
「いや、それは勘弁してよ……」
ジャンがリザを見るが、リザはつんとそっぽを向いている。
「酔っぱらって乱暴しようとする人なんて嫌い。お人形大好きな変態ロリコンとか噂になればいいんだわ」
「いや、ごめんって。酔いすぎてた。悪かったよ」
必死に謝るジャンの手の中で、オレはがくがく揺れた。頭をぺこぺこするのはオレをおろしてからにしてほしい。
ぐったりしたオレは、ジャンに運ばれて部屋を出た。
リザをそこに残し、ジャンはどんどん廊下を進む。途中で出会う家臣たちが皆頭をさげて脇へ退く中を殿様らしく堂々と真ん中を歩くジャンは、しばらく進んでから廊下を曲がって襖を開けた。

「これは、上様。いかがなさいました?」
文机に座ってこちらを見る男は、年はジャンと同じくらいか少し上に見えた。黒い髪と黒い瞳。唇の端をあげて笑う表情はなんだか冷たくて嫌な感じだ。

「よぉ、ロイ。さっきさぁ、あのしゃべり方じゃオレらしくねぇってリザに言われちゃってさ」
ジャンは苦笑しながら襖を閉めて、机の前に座った。ロイは肩を竦めて筆を握りなおし、書類に目を落とす。
「普段のその言葉使いでは、家臣や国民に対してあんまりですから。でも、リザ様でしたら奥方になられるわけだし、いつも通りでよろしいのでは」
「うまくいかねぇよな。おまえの話し方を真似ただけなんだけどな」
ジャンはため息をつき、書類の山を眺めた。すごい量だけど、ほんとにこれを全部一人でこなしているならロイという男は有能なのかもしれない。
「それより、ロイ。増税で国民から苦情がきてるらしいんだけどよ」
ジャンが本題を切り出すと、ロイはちらりとこちらを見てから肩を竦めた。
「税収が増えれば国が潤います。国が豊かになれば国民の生活も向上するはず。そんなこともわからない連中は、放っておけばよろしい」
「けど、生活できねぇって言うやつもいるみたいだし……」
「国民は国のため、殿様のために働くのが当たり前でしょう。そんな甘えたことを言うような国民は要りませんよ」
澄まして言うロイに、オレはすっかり頭にきてしまった。緩く握られていたジャンの手から抜け出し、畳に飛び降りてロイを睨む。
「国が潤うなんて嘘だ!潤ってんのはてめぇらだけじゃねぇか、オレたち庶民はどうなってもいいってのかよ!」
「お、おい!エド……」
慌てて回収しようとするジャンの手を払いのけるオレを、ロイは驚いたように見つめた。
「………これは、リザ様の人形ではないですか。動いてしゃべるとはまた精巧な……」
「人形がしゃべるわけねぇだろ!オレはリゼンブール村から来た、エドワード・エルリックだ!」
名乗ってふんぞり返ると、ロイはオレをじっと見つめた。その表情は驚いたものから少しずつ笑顔に変わっていく。
「なるほど。きみは苦情を言いにわざわざ山奥からここまでやってきたわけか」
「そーだよ!てめぇのおかげで村はすっかり寂れちまって、みんな貧乏なんだ!今すぐなんとかしやがれ!」
ロイはくすくす笑って、ジャンを見た。
「どうやら私は、この小さなお客様に誤解をされているようですね。話し合いをしたいのですがよろしいでしょうか?」
「あ、うん……でも、」
ジャンはオレが心配らしい。オレとロイをちらちらと交互に見る。
「大丈夫ですよ、リザ様のお連れ様なのですから。話をするだけです」
ロイは微笑んでみせた。
「上様は、リザ様をお待たせしてはいけません。どうぞ行ってお相手してさしあげてください」
リザの名前を出されて、ジャンは腰を浮かしかけた。けれどやっぱり気になるようで、オレを見つめて迷っている。
「大丈夫!リザんとこ行って待っててくれよ、あとで行くから!」
オレが言うと、ジャンは渋々頷いた。
「ロイ、頼むぜ。こいつはリザのお気に入りなんだよ」
「承知しております」
ロイの返事に、ジャンは立ち上がった。オレをもう一度見てから、ようやく部屋を出て行く。

そして、部屋にはオレとロイの二人だけになった。

「…………さて、」
ロイはオレに手を伸ばし、衿をつまんで机の上に乗せた。
「これで顔がよく見える。ずいぶん可愛らしい姿だが、きみは男なのか」
「うるせぇ。これには深い事情があんだよ」
フリフリの真っ赤なドレスを見下ろして、オレはぷいと顔を背けた。かなり恥ずかしい。それを誤魔化すためにも、さっきの話を続けなくては。
「で、えーと、あんた」
「ロイだ。ロイ・マスタング」
「………ロイ。税金をもとに戻してくれよ。でなきゃ、」
「国民が苦しくなるから、か?」
ロイはオレを見下ろしてにやりと笑った。

「生活が苦しくて不満がたまれば、暴動やテロがあるかもな。政治に不信感が募り、殿様や大臣たちに対して悪感情を抱く。それが続けば、そのうち国はダメになるな」

「………あんた、それわかってて………」

「もちろんだ。私の目的はそれだからな」

ロイの目は笑わない。真っ黒な闇色の瞳が、オレを見つめたまますっと細められた。

「私は闇の国の王だ。闇の世界を制圧したのでな、ついでに人間の世界もいただきに来た」

「………………や、闇の国?」

なんだそれは。
目を真ん丸にしたオレに顔を寄せて、ロイは微笑んだ。

「人間が言うところの、鬼が住む世界だよ。私はそこから来た。きみがなにをどうしようと、この世界はもうすぐ終わりだ。闇に包まれ、鬼たちがやってくる」

「そ、そんなのダメだ!冗談じゃねぇ、絶対させねぇぞ!」

オレは縫い針を抜いた。ロイはそれを見て笑い声をあげる。

「そんなものでなにをする気か知らんが、おまえにできることはなにもないぞ」

なくても、黙ってじっとしているわけにはいかない。
オレはロイを睨んで、縫い針を構えた。ロイの額にはいつの間にか2本の角が生えていて、口元には大きな牙が見える。それが本当の姿なのだろう。

鬼退治なんて、したことない。

でも、やるしかない。
ジャンやリザや、アルやウィンリィがいるこの世界を、鬼に渡すわけにはいかない。




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