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一寸兄さんの冒険





食べ終わると、リザはオレを自分の家へ連れて行った。大きなお屋敷。うちが何個入るかなとか考えかけて、虚しくなってやめた。
「着替えなくちゃね」
にこにこしながらリザが出してきたのは、お人形の服。オレが今着ているものより立派な生地でできているそれは、真っ赤な色にひらひらの白いフリルがたくさんついて、ふわふわのリボンが腰の部分に……。
「………あの。これ、女もんじゃねぇ?」
洋服には詳しくないけど、なんとなく。これは男が着るものではないような気がする。
「いただきものの西洋のお人形からひっぺがしてきたのよ。だってエドワードくんが着るようなサイズの服はうちには他にないし、お人形といったらたいていは女の子の形をしているものよ」
澄まして説明するリザは、なんか面白がっているような雰囲気だ。後ろで女中がお人形用のものらしいリボンとか櫛とかを構えて待っている。
「さ、脱がせてあげましょうね」
「わー!いい、自分で脱ぐ!」
伸びてきた手をかわし、部屋の隅へ走る。だが、リザの部屋はオレにはサッカーグラウンドなみの広さだ。たどり着かないうちに、女中たちによって捕まえられてしまった。
「いやマジ!自分で脱ぐから!ほんと、お構いなく!」
「やだわエドワードくんたら。私たちもうお友達なんだから、遠慮なんてしなくていいのよ」
「さ、エドワード様。お手々をあげてくださいな」
「ふふ、ちっちゃくて可愛い」
そういえば女というのは、着せ替え人形が大好きな生き物だった。昔、ウィンリィもよく服を作ってはオレを裸に剥いて着せ替えて遊んでたっけ。
とかなんとか悲しいことを思い出しているうちに、オレはあっという間に乾きかけた服を脱がされてしまった。
「パンツが可愛くないわ。どっかになかったかしら、リカちゃんかなんかの下着」
「ブラとセットのがあったわよね。そっちの箱にない?」
女中たちが色とりどりの箱をがさがさ漁る。どの箱の中にも洋服とか靴とか、たまに着物なんかが入っていた。どれももちろん女ものだ。
「いや!これはちょっと!あの、マジで勘弁してください!」
オレはパンツを必死に押さえ、懸命に訴えた。けど、女たちはそんなん聞いちゃいねぇ。
「全部着替えないと風邪ひきますからね」
「ほら、これ。可愛くない?ピンクで」
「あら、ドレスが赤なんだから、下着もそれに合わせましょうよ」
「靴も赤かしらね。金髪だからよく似合うわぁ」
すっ裸のオレを捕まえたまま、女たちは勝手に盛り上がっている。最終的に目の前に出てきた下着は上下とも赤で、なにやらフリルがついていた。なんでたかが人形の服にこんな精巧な下着があるんだよ。

嫌だ、と叫んではみたけれど、どうにもならなかった。

「あら、可愛い!」
リザは満足そうにオレを見た。赤いドレスと赤い靴、頭についたリボンまでが赤いオレに、とても嬉しそうだ。女中たちがまだ不満そうな顔をしているのはオレがブラジャーとやらを徹底的に拒否ったからだが、それは当然ではないかと思う。そもそもオレにはそれをつけて隠さねばならない胸がないのだから。
「では、お殿様のところへ出かけましょう」
リザはオレを手のひらに乗せて、また屋敷を出た。
牛車に揺られながら、オレはいよいよ殿様と対決するんだと緊張した。が、ふわふわのスカートとすうすう風が吹き抜ける尻がどうにもそれを邪魔する。この姿で殿様に会うって、不敬罪とかにならないんだろうか。顔を合わせるなり成敗されても文句言えねぇんじゃねぇかと思うんだけど。






殿様の屋敷は、ものすごくでかかった。リザの家なんて比べものにならない。玄関だけでオレんちがふたつくらい入ってしまいそうだ。
そこから先は、オレには外は見えない。リザの着物の袂に放り込まれたからだ。
時々聞こえる挨拶の声で、たくさんの人がいるのがわかる。リザはどんどん歩いていく。お供の女中たちは途中からついて来なくなったようだ。かわりに男が案内をしているらしく、なにか話をしているのが聞こえた。
それからリザが立ち止まった。別の男の声がする。
「武器になるものはお預かりさせていただきます」
衣擦れの音。リザが胸にさしていた懐剣を出したようだ。
「他になにかお持ちですか」
「別になにも持ってないわ」
「袂は?なにか入っているようですが」
鋭い奴だな。
リザの手が入ってきて、オレを乱暴に掴んで引っ張り出した。
「ああ、これね。ついこないだ買ったお人形で、お気に入りなの」
「………………」
オレは必死に固まったままポーズを作った。男の視線が気になるが、そちらを見るわけにはいかない。
「ほう。最近の人形は精巧なのですね」
「ええ。可愛いでしょう?どこに行くにも連れて行ってるのよ」
リザはずいぶん肝の座った女のようだ。声にまったく動揺がない。楽しんですらいるんじゃないか。
「どうぞ、こちらへ。殿がお待ちです」
「ありがとう」
リザはまた歩き出した。オレを胸に抱き、男の前を通りすぎて奥へ。オレはほっと息をついた。
リザはオレを見たり声をかけたりなんて失態はしない。前を見つめ、さっさと歩く。襖を開けて中へ入り、閉めてしまえば男の視線ももうない。そのときになって、リザは初めてオレを見下ろしてウインクした。
見回すと、そこは狭い部屋だった。前にはまた襖。そこに殿様がいるんだろう。

オレはごくりと唾を飲み込んだ。リザはもうオレを袂に隠す気はないようだ。必死にポーズを決めて人形のふりをしながら、オレはリザが襖を開けるのを見守った。




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