もうひとつの「黒と赤の夢」





「奇遇だなぁ、元気だったか?」
金髪の男は席を立ち、こっちに移動してきた。食べかけの料理の載った食器を手に、ブレダさんの隣に座る。後ろの席には似たようなチャラっぽい雰囲気の男が何人かいて、金髪の行動に苦笑しながらも引き留めることなくおしゃべりを続けていた。
「オレ、ハボックってんだ。ジャン・ハボック。よろしくな!」
「……………ハイマンス・ブレダだ」
強引な握手に眉を寄せながら、ブレダさんが答える。ハボックと名乗った男は、それに頷いてからオレのほうを見た。
「社長が心配してたぜ?おまえの会社、ヤバいみたいだって」
「そうなんだ…」
運送業界は狭くて、悪い噂は広まるのが早い。オレは苦笑するしかなかった。
「電話してみようかって、ずいぶん悩んでたみたいだぜ。他社のことだし、余計な世話かもって言って」
ハンバーグをかじって、ハボックさんがブレダさんを見た。
「けど、もうそれどころの話じゃねぇみてぇだな」
「まぁな」
肩を竦めたブレダさんは、メニューを手に取った。なにか食べる気になったらしい。
「つかおまえ、何者だ?エドの知り合いなのか?」
「オレか」
胡散臭げな目で見るブレダさんに気を悪くした様子もなく、ハボックさんは明るく笑った。
「先月だったか?こいつに道譲ってもらってさ、助かったんだよな」
オレを指すハボックさんに、ブレダさんがますます怪訝な顔になる。
「助かったって?」
「そう。マジ限界だったんだよ、腹が」
「…………………」
冷たいモン飲み過ぎたらしくて、と笑うハボックさんに、眉を強く寄せるブレダさん。
「てめぇ、ひとが今から飯食おうかってときに汚ねぇ話しやがって」
「なんだよ、聞くから答えただけじゃねぇか」
「厳重にオブラートに包めって言ってんだ」
「どう包めってんだよ。とにかく、コンビニに駆け込んで助かって、ひと息ついてたらエドが入ってきたから礼を」
「いきなりエドとか、気安いにもほどがねぇかてめぇ」
「おまえがそう呼んでるからだろ。な、いいよな?エド」
「え?あ、うん」
急に振られて慌てて頷く。ハボックさんとブレダさんて、初対面らしいのに妙にテンポが合ってて、見ていて面白い。
「ほら」
「アホ、そんなん言われて嫌ですなんて、エドも言いにくいに決まってんだろ」
そう言ってから、ブレダさんは考える顔になった。
「……コンビニ、って言ったな?今」
「そうだよ。で、そんときウチの社長がエドを気に入ってさ。あれからまた会いたいってうるさくて」
「社長………って、黒髪の」
「そう。なんだ、知ってんのか?」
だったら話が早い、とハボックさんはオレに向き直った。
「エド、ウチに来いよ。な、それで万事解決だ」
「え……でも、」
「大丈夫大丈夫、社長は絶対大歓迎だから」
笑顔でポケットから携帯を出そうとするハボックさんの手を、ブレダさんが止めた。
「断る」
「へ?」
「あの社長んとこにエドを行かせるわけにはいかねぇ。断る」
「ちょ、ブレダさん…」
せっかく親切で言ってくれてるのに。
「エドはオレが責任持って面倒みるから、心配すんなって社長に言っとけ」
「……ああ、なるほど。そういや社長が、エドの車に知らねぇ奴が乗ってたって言ってたことがあったな」
納得顔のハボックさんに、ブレダさんは不機嫌な目を向けた。
「おまえんとこの社長、かなり怪しかったぞ。大事な後輩が危ねぇ目に合わねぇように守るのもオレの仕事だ」
「もう、その仕事をくれた会社は無ぇんだぜ?」
にやりと笑うハボックさん。
「選ぶのはエドだ。おまえにそれを止める権利はねぇぞ」
「……………」
言葉に詰まるブレダさん。ハボックさんはそれを見て、肩を竦めて携帯を耳に当てた。
「…………あ、社長。お疲れっス。じつは入社希望の奴がいましてね」
希望した覚えはないんだけど。
でも。
不機嫌そのものという顔のブレダさんを気にしながらも、オレは内心ちょっと嬉しかった。
だって、あの大型車がまた見れるかもしれない。運転を間近で見れるかもしれない。
入社は無理だとわかってる。オレは大型免許を持ってないし、キャリアもスキルもなさすぎるから。
でも、見れる可能性があるなら。見るだけでもきっとオレにとってプラスになる。
そう思うと、強引すぎるハボックさんを止める気にはなれない。
「………はい。じゃ、今から連れていきますんで」
電話を切ったハボックさんが、ちらりと店内の時計を見る。すでに午後9時を回り、面接には遅すぎる時間。
「大丈夫だよ、社長も今仕事が終わったとこだから」
立ち上がったハボックさんは、さっさと店を出て行った。オレも急いで席を立つ。ブレダさんがため息をついて、メニューを置いて立ち上がった。
「仕方ねぇ、飯は後だ」
「ついてきてくれるの?」
「当たり前だろ。あの社長のいるところに、おまえ一人で行かせらんねぇ」
店を出ると、駐車場でハボックさんが待っていた。側にあるのは、オレが生まれる前くらいの年式の古い型の車。低い車高に太いタイヤがついていて、大きなマフラーからは派手な音がしている。
「またずいぶんと古臭ぇ改造だな」
ブレダさんが苦笑する。
「でもまぁ、この車にはこういうのが一番似合うんだよな」
「わかってんじゃねぇか。さ、乗った乗った!」
助手席のドアを開けてシートを前に倒してくれたハボックさんに礼を言って、オレが後ろに乗り込んだ。助手席にはブレダさんが座り、バケットシートが狭苦しいと文句を言う。
「おまえのケツに合うシートなんて、どこ探したって存在しねぇよ」
「うるせぇ」
笑い合うハボックさんとブレダさんは、なんだかまるで昔からの友達みたいだった。

対等だからだろうか。
オレは二人を見ながらぼんやり考えた。
ハボックさんはあの黒い大型車を運転していたし、ブレダさんも大型免許は持っていてたまに乗ったりしていたし。
二人とも、それなりにキャリアがある。だから対等に話ができるんだろう。

オレがそれに追いついて、一緒に話ができるようになるには、何年かかるだろうか。








ひたすらうるさくて激しく揺れるハボックさんの車が入っていったのは、国道のすぐ脇にある空き地だった。簡単な柵と小さなプレハブの建物と、いつか見た黒い大型車。そして空き地の隅に、黒い普通車。今までいた会社とは全然違う、こじんまりした雰囲気。正直、この空き地のことは知っていたけど、運送会社があるなんて想像すらしたことがなかった。
「こんなとこに会社なんて、あったか?」
ブレダさんも同じらしく、驚いた顔でまわりを見回している。
「じつは、創業三ヶ月なんだ」
エンジンを切ったハボックさんが、笑いながら言った。
「社員はオレと社長の二人だけだから、遠慮しなくていいぜ」
「二人?マジか?」
車を降りてプレハブに向かうハボックさんについて行きながら、ブレダさんが呆れた声を出す。
「それでよくやっていけてるな」
「いや、きつくなってきたから社員を募集してんだよ」
「けどよ、車はあの大型だけなんだろ?エドは中型免許しか持ってねぇぞ?」
「今んとこはあれだけだよ。でも頭数が増えたら仕事も増やせるから、車も増やすって社長が言ってた」
二人の話を聞きながら、大型車を見上げる。
闇に紛れる漆黒のボディに、赤いマーカー。
なぜこのカラーにしたんだろう。真っ黒なトラックなんて、他のどんな会社にもない色なのに。
「社長、お待たせー!」
プレハブのドアを開けたハボックさんが、元気よく中に声をかけた。
「待たせすぎだ、私を餓死させる気か」
聞き覚えのある声が答える。自然とあの黒髪の男の顔が浮かぶ。
「なんだ、飯まだなんスか」
「食う暇なんかあるか。というわけだから、さっさと連れてこい。時間が惜しい」
あまり機嫌がよさそうには聞こえない。オレはブレダさんを見た。
「ま、ここまで来たんだ。とりあえず中に入ろうぜ」
頼れる先輩の言葉に、頷いてドアをくぐる。

中は、事務机がひとつ。それからソファーがふたつ、小さなテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。部屋の隅に小さなキッチンと、壁に書棚がひとつ。
それだけしかない部屋は、会社というより誰かの自室のように見えた。

その中で事務机に向かって座ってノートパソコンを眺めていた男が、こちらを見て驚いて立ち上がった。
「エドワード!入社希望というのは、きみのことだったのか!」
オレはこの社長の名前を覚えてない。一度聞いたきりだし、名刺はトラックのどこかに放り出したままだった。だいたい一回会っただけの相手の名前まで、いちいち覚えていられないってのは誰でも同じだと思うんだけど。
「会社のことは聞いたよ、大変だったな」
なんでこいつはオレの名前ばかりか、会社名とかトラックまでしっかり覚えてるんだろう。
「……いや、会社のことは、オレも今日知ったばっかで…」
どう答えていいのかわからなくて適当に愛想笑いを浮かべるオレの手を素早く握って、男がソファーへと引っ張る。ついて行くと、座らされた隣にそいつが座った。
「私のところに来る気になってくれて、嬉しいよ。これからのことは私に任せて、安心していいから」
「あ、ええと……いや、まだ……」
言い淀むオレの向かいに、ハボックさんと並んでブレダさんが座った。
「まだ、決めたわけじゃないです」
「ん?」
強いブレダさんの声に、男が顔をそちらへ向ける。
「まだ給料やなんかの細かい条件を聞いてません。それにエドは大型免許を持ってませんが、そこは問題ないんでしょうか」
「………きみは、いつだったかエドワードの車に乗っていた……」
「ブレダといいます。会社ではエドの先輩として、指導教育の係をしてました」
頭を下げたブレダさんに、男も座り直した。
「改めて、社長のロイ・マスタングだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「ブレダ、きみが今言った条件だがね。今のところ、うちの会社では…」
社長と名乗った男とブレダさんが真剣に話を始めた。それを見てハボックさんが、オレを手招きして立ち上がる。
「エド、コーヒー淹れてくんねぇ?」
「あ。うん、いいけど……でも、」
「心配しなくても、おまえはもう入社決定だから大丈夫だよ」
自信たっぷりなハボックさん。

オレは中型しか持ってない。てっきり、すぐに断られると思っていたのに。

大型しかないこの会社で、オレがなんの役に立つんだろう。

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