魔法が使える人魚姫
見つめられて思わず黙るエドワードを、ロイはまた抱き締めた。
「幸せというなら、そうなんだろう。戦争もなく、国も穏やかだ。無事に王位を継いで、父は隠居暮らしで。あとは孫の顔が見れたらとそればかり言われる。平和な毎日だ。それがきみが願った幸せなのか?」
「…………えーと、ちょっと違うかな……」
エドワードは俯いた。濡れた服が目に入って、また風邪をひくんじゃないかと心配になる。
「オレは……あんたには、誰かと幸せになってほしいなと……」
「誰かって誰だ。私がきみ以外の人と幸せになれると思っていたなら、間違いだ。私は今でも一人で、執務以外の時間はいつもここで座って海ばかり見つめている。何時間も。昼も夜も。そのままもうすぐ10年が経とうとしている。そんなのが幸せだと言うなら言ってみろ」
エドワードは声も出せずに黙っていた。
10年も経っていたとは思わなかったし、その間ロイが一人でいるとは思わなかった。
一人で、ここで自分を待っていたなんて思わなかった。
「きみがいなけりゃ、私に幸せなんか来ない。前にも言ったはずだ。なのにいきなり消えてしまって。私がどれだけ泣いて後悔したか、きみにわかるか?」
ロイの声はまた震えていた。
「あのとき眠らないできみを抱き締めておけばよかった。きみが出て行く前に、なぜ気づかなかったのか。自分を責めて、きみを責めた。この10年、それの繰り返しだ。なぁエドワード、それでも私は幸せなのか?」
エドワードはロイの背中に手を回して抱きついた。
「…………ごめん……」
「好きだよ、エドワード。頼むから傍にいてくれ。もうどこへも行かないでくれ」
またきみがいなくなったら、もう生きていけない。
エドワードは頷いて、小さな声で呪文を呟いた。
金色の光が輝いたあと、ロイの腕の中の人魚はいなくなっていた。
代わりに金髪で金瞳の少女が、驚いて見つめているロイになにか着るものを持って来いと怒鳴っていて。
それから。
ロイは幸せになり、エドワードも幸せになって。
いつまでも平和に、愛し合って暮らしたけれど。
ロイは妻が海に近づくのだけは、どうしてもなにがあっても許そうとはしなかった。
END.