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魔法が使える人魚姫







波のうねりを感じ、嵐かなと思う。

海底には影響はないので、のんびりと岩に座ってはるか上を眺めた。
夜なのか、上は暗くてなにも見えない。



海底の暮らしは緩やかで、時が経つのを忘れそうだ。
カレンダーもないしな、とエドワードはちょっと笑った。
ようやく最近になって、胸の痛みが少なくなった。懐かしく思い出すことはあっても、泣きたくなることはない。
会いたくて会いたくて、泣きながら眠ることもなくなった。

人魚は泣かない。泣くという感情がないから。

元に戻れたのかな、とエドワードは思いながらぼんやりと座りこんでいた。


ふいに上からなにかが降ってきた。

木片と、人間が使う道具。なんだったっけ?なにか食事のときに使うやつだ。
少しずつ少しずつ、人間だったときの記憶が薄れていく。
それでもいい、と思っていたのに。

ロイと初めて会った夜を思い出した。
あのときも嵐で、こんなふうにいろんなものが降ってきて。
上にあがってみたら、あいつが死にかけてた。

また船が沈んだのかな。そう思って、いきなり不安になった。

まさか、また。

そんなはずはないと思っても拭えない不安は大きくなるばかりで、エドワードはそのまま上へと矢のように泳いだ。

まだ時化ている海上に出ると、波にさらわれそうになる。エドワードは必死に泳ぎながらあたりを見回した。

ちらばる木片と布きれ。
だが、船は沈まずにもちこたえていた。
あのときの豪華な船とは違う、小さな漁船だった。

エドワードは空を見た。嵐はいつも突然来て突然去っていく。もう雲の切れ間から月明かりがさし始めていた。



安心してまた潜った。バカみたいだ、と笑う。

あの浜辺に行ってみようか。地上にあがることはできないけど、城は見えるだろう。
エドワードはそのまま泳ぎ始めた。水の中を飛ぶように滑走し海上に出てみると、見覚えのある風景が波の間に見えた。



勢いをつけて岩にあがる。尾ヒレがぱしゃんと水を打った。

城はぼんやりと浮かぶように建っていた。あれから何年過ぎたのかわからないが、なにも変わらないように見える。

元気なのかな。
幸せ、なのかな。
エドワードは城を眺めて、ロイの顔を思い出そうとした。
朧気な影が形になっても、はっきりとは思い出せない。黒い瞳だけが強い光を伴って甦り、エドワードは思わず目を伏せた。

「エドワード」

あの別れた夜、何度もそう呼ばれて幸せだった。

「エドワード」

自分はなにを言い、何度ロイの名を呼んだだろう。

「エドワード!」

うるさいな。人がせっかく感傷に浸ってんのに。

「エドワー……」
「うるせぇ!誰だよ気やすく呼びやがんのは!」

怒鳴ってから気がついた。

あれ?今のなに?

幻聴じゃなかったの?



振り向くと、ロイが驚いた顔でこっちを見ていた。

「きみねぇ、やっとまた会えたってのにうるせぇはないだろう!」
「だってあんたが……って、なにやってんだあんた」

ロイは砂浜から、躊躇なく海に走りこんだ。ばしゃばしゃと水を跳ねて、エドワードが座る岩へと駆け寄ってくる。

慌てて逃げようと飛び込みかけたエドワードの体を捕まえて、ロイは一緒に水の中に落ちた。

「なにやってんだっての!びしょ濡れじゃんか!」
夜は冷えるから風邪ひくぞと怒鳴るエドワードを、ロイは水の中に座り込んでひたすら抱き締めた。
腰まである水は冷たいはずなのに、ロイは身動きもしない。動きがとれないエドワードは、首だけ動かしてロイを見た。

ロイは固く目を閉じていた。目蓋が震えているが、顔はびしょ濡れで涙はわからなかった。

「………エドワード………もう会えないかと思ってたよ……」

絞りだすような声も震えていて、エドワードはなにも言えなくなった。

波が寄せる音だけが響いていて、あとは静かだ。

ロイが啜り泣く声が耳について、エドワードも少しだけ泣いた。

月明かりに見えるロイの顔は、ほんの少し老けて見えた。



空が薄明るくなってきて、エドワードはロイの背中に手を回して軽く叩いた。
「もう夜が明けるよ。ほら、離してよ。誰か来たら…」
「誰が来ようと、かまうもんか」
ロイの声は小さいけれど叫ぶようで、エドワードの胸を刺した。

人間の心なんか、忘れたはずだったのに。

「相変わらずバカだなあんた。こんなとこに王様がびしょ濡れで座ってちゃ、みんなびっくりするぜ」
「バカで結構。離したらきみはまたいなくなる。絶対に離さないよ」
頑固に言い張るロイに、エドワードはどうしたものかとため息をついた。
「オレ、海に帰るときに魔法をかけたんだ。どう?みんな幸せになった?」
わざと明るい声で聞く。
ロイは頷いた。
「嵐のとき私を助けたのはアルフォンスだということになった。命の恩人だからと国王から爵位が与えられて、それでようやくウィンリィと結婚することができたよ」
「マジ?よかった!気になってたんだー」
「トリシャさんも一緒に、みんなで引っ越して行った。そんなに遠くはないがね、領地が与えられたから」
そうか、とエドワードは笑顔になった。アルフォンスもトリシャも、もうお金の心配をしなくていいんだ。ウィンリィはきっと、張り切って家事をしているに違いない。
「……で、あんたは?オレ、あんたも幸せになるようにって………」

「私の幸せか?」

ロイは顔をあげてエドワードを見た。



「そんなもの、あると思っていたのか?」



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