魔法が使える人魚姫





「エドワード……今の声はきみか?」

呟いたのが聞こえてしまったらしい。エドワードは舌打ちしたい気分で海に向き直った。

「エドワード、きみは話せるのか?だったらなぜ……」
ロイはエドワードの傍に寄ってきて、自分のほうに向かせようと肩に手をかけた。

「……なんでこんなとこにいるんだよ」

その手を払いのけてエドワードが聞いた。その乱暴な口調に一瞬驚いた顔をしたロイは、エドワードをこちらに向かせることを諦めて俯いた。
「結婚式が決まったんだ。来月だそうだ」
靴で砂を蹴りあげたロイは苛立っているようだった。
「私もウィンリィも望んでいないのに。そう思ったらやりきれなくなってね。ここに……きみに初めて会ったここに、来たくなったんだ」
「…………あんた、王女様のこと嫌いなの?」
「いや、嫌いじゃないよ。だが、好きかというと違うんだ。子供の頃から知ってるから、妹のような存在で」
恋愛とかなんとか、関係なしに好き。それは自分にもわかる、とエドワードは俯いたまま思った。きっと自分がアルフォンスやトリシャにたいして思う「好き」と同じなんだろう。
「ウィンリィがアルフォンスを好きなのは知ってるよ。昔からね、彼のことを話すときは全然違ってて。家事を勉強していると言っていた。アルフォンスの家にはメイドやコックはいないからってね」
「それ知ってて、結婚すんの?王女様が可哀想とか思わねぇ?」
「思っても仕方ないだろう。私もできる限り努力はしたさ。でも覆せなかった」
ロイは自嘲ぎみに笑った。せめてきみが名乗り出てくれれば、命の恩人と結婚したいと言い張ることもできたがね。そう言ってエドワードを見つめ、ため息をついた。
「話せないと偽るほど嫌われているなら、もう諦めるしかないだろ?」

ため息をつきたいのはこっちだ。エドワードはロイを見上げた。

「あのな、一人で勝手に決めねぇでくんねぇ?こっちにはこっちの事情ってもんがあんだよ」
「どんな事情か聞かせてもらおうか。納得できる答えなんだろうな?」

睨みつけるエドワードにつられて、ロイも挑戦的に笑ってみせた。もう結婚式は決まってしまったのだ。諦めなくてはならない相手なら、この際嫌われてもかまわない。自棄になったロイはエドワードを見下ろして頭に手を乗せた。
「どうした。言ってみろ。でなきゃここでこのまま襲うぞ」
「なんだそれ、ムカつく!」
きーきーと喚くエドワードが可愛くて面白くて、ロイはエドワードを少し恨んだ。なぜ早く話ができることを教えてくれなかったのか。人形のようにおとなしい子かと思っていたのが嘘のようだ。

「聞いて後悔すんなよ」
エドワードはロイを睨んで、なぜか偉そうにふんぞり返った。
「オレは人魚だ!」
「あ、やっぱりそうか」

………あれ?

「あのとき、きみが海に帰ったときに金色の鱗が見えてね。きれいな尻尾だと思ったんだ」
夢と一緒になってしまったかと思ってたが、やっぱりかとロイは頷いた。
「え、驚かねぇの?」
「あんな荒れた海を人ひとり抱えて岸まで泳げるなんて、人間にできるわけないだろう」
あ、そう。エドワードはがっかりした。どんな顔するかと期待してたのに。

「………まぁそんで、魔法で人間になったわけなんだけど」
がっかりした分、声のトーンが落ちる。
「人魚と人間じゃ呼吸の仕方が違うんだってさ。だからしばらく声が出なくて」
素性を隠すのに都合がいいからと、しゃべれないふりをしてた。
そう言われてロイは納得した。なるほど、と言われてエドワードはなんだか悔しくなる。
「とにかくさ、オレはあんたらとは種族が違うの。だから結婚とかできません」
「種族の違いがなんだ。今はきみは人間じゃないか」
「海に入れば人魚に戻るもん。だから人間じゃねぇもん」
唇を尖らせて言うエドワードを、ロイは慌てて引っ張って波打ち際から離した。海に帰られてはもう2度と会えなくなる。

「私の気持ちは変わらないよ。きみが好きだ、エドワード。初めて見たときから好きだったんだ」
ロイの真剣な目を、エドワードは睨みつけた。
「よく言うぜ。オレの顔より体ばっか見てたくせに」
「…………………なぜそれを」
「王女様が教えてくれた」
「………………」
ロイは忙しく頭を回転させた。口説きたくて仕方ないのに、言葉が出てこない。
その間にエドワードはロイからするりと離れ、城に向かう道へ歩いた。

「もう、あんた結婚すんだからさ。オレのこと忘れろよ。でなきゃみんなが幸せになれねぇ」

ロイはエドワードのあとを追った。揺れる金髪がきらきら眩しくて、涙が出そうだった。

「私がきみを諦めて、それでみんなが幸せになると思うのか?」

エドワードは答えられない。

「アルフォンスもウィンリィを思っている。みんな、諦めているんだよエドワード」

「………………」

「誰も幸せになんかなれないさ。そうじゃないか?」

確かに。

エドワードはちらりと海を見て、また帰りたくなる気持ちを無理やり押さえこんだ。

悲しくて辛い。

人間は、なんでこんな気持ちを持ったまま生きていけるんだろう。



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