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魔法が使える人魚姫





政略結婚、という言葉をトリシャが言っていた。ウィンリィのうなだれた姿を見るに、どうにもできないものなんだろう。
好きでもない、しかもあんな変な王子と結婚しなくちゃならないなんて可哀想だ。エドワードはため息をついた。

「私だけじゃないわ。ロイ様だって辛いはずよ。あなたを見る目はとても悲しそうだもの」
ウィンリィはしんみりと言ったが、そこには頷けなくてエドワードは目を逸らした。王子はいつも縋るような目で自分を見る。それはどうにも居心地が悪くて、胸の奥がずきんとするのだ。
あの目は嫌いだ。
そう思っていたら、城からその目の持ち主が出てきたのが見えた。ウィンリィとエドワードが一緒にいるのを見て驚いたような顔をしていた。

「あら、ロイ様。もうお勉強は済みまして?」
ウィンリィは泣いていたのを悟られたくないらしく、いつもよりずっとツンとした声音になった。
「ああ、まぁね。それより、何時の間に仲良くなったんだ?」
ロイの瞳はまっすぐにエドワードを見つめている。居たたまれなくてエドワードは俯いた。
「私達、すっかりお友達ですの。エドワードさんはとてもいい人ですわ。というわけで、私達だけで今からお茶しようと思うの。邪魔しないでくださらない?」
「………へ」
間抜けな声を出すロイににやっと笑ってみせて、ウィンリィはエドワードの肩を押して小さな家に入った。ぱたんとドアを閉めてしまえば、ロイは追いたくてもついて来れない。

「あ、成功!あっち行ったわ」
窓から覗いたウィンリィがくすくす笑った。
「お茶ならあんたはお城で飲んだほうがいいんじゃねぇの?」
ここには王女様に飲んでいただくような上等なものはねぇぞ、とエドワードが困った顔で言うと、ウィンリィは笑顔のまま粗末な木の椅子に乱暴に座った。
「いいの!お茶は単なる口実だもん。私はあなたともう少し話がしたいだけよ」
それからまわりを見て、ウィンリィは懐かしそうに目を細めた。
「小さいときはよくここに遊びに来たのよ。全然変わってないのね」
エドワードはなにも出さないわけにもいかないと、とりあえずお茶の支度を始めた。すぐにウィンリィが飛んできて、自分がやりたいとヤカンを奪い取った。
「アルのお嫁さんになるんなら、お料理とか色々できなくちゃいけないでしょ?だから頑張って修行したのよ私」
言いながら支度をするウィンリィの手つきは確かにエドワードよりも手慣れている。エドワードは一歩下がってその場を譲ることにした。
「夢だったの。ここで暮らすのが」
下を向いたまま言うウィンリィの声は淋しそうだ。本気なんだな、とエドワードは思った。なんだか自分までが悲しくなる。
「だから、ごめんね。あなたがここにいるのを見て、やきもち焼いちゃったの。私の場所なのにって」
「……いや、そんな……」
返事に詰まるエドワードに、ウィンリィは振り向いて笑った。
「で。あなたはどうなの?ロイ様のこと嫌い?」

…………変人だと思っています。
あと、ちょっとバカかもとか。

言えないのでエドワードは考えて、よくわかんねぇやと肩を竦めた。
「あのね、私とロイ様が結婚しても、あなたは遠慮しなくていいのよ」
ウィンリィはまたキッチンを向いて言った。
「ロイ様はあなたが好きなんだもの。付き合ってもいいのよ。私のことは気にしないで」
「………………」

それはダメだろう。
それは人間の本で見た、浮気とか愛人とかいうやつじゃないのか?主に女性週刊誌でよく見た言葉だ。
王子には都合がいいかもしれないが、ウィンリィは。

後ろを向いたままのウィンリィの表情はわからない。王子が好きではないにしても、浮気をされたらやっぱり嫌だろうに。自分は好きな人を諦めたというのに。

「そんなん嫌だ」
エドワードは俯いて床を見つめた。
「みんな不幸じゃんか」

ウィンリィはティーカップを2つ用意してお湯を注いでいる。

「あんたが幸せにならなきゃ、アルも幸せになれないよ」

重ねて言ったエドワードを振り向いたウィンリィは、また顔中涙に濡れていた。

「あなたってば、なんでそんななのよ!」
言いながら抱きついてきたウィンリィに戸惑ったエドワードがなにも言えないでいると、
「………もっと嫌な人なら……そしたら私、こんな気持ちにならなくてすんだのに……」
そう言って泣き声をあげるウィンリィを抱きしめながら、エドワードはますます途方にくれていた。







夜中。月に輝く海を見つめて、エドワードは考えて込んでいた。
王子一人の頭の中をどうこうしたくらいでは収まりそうにない。耳にはまだウィンリィの泣き声が聞こえてくるような気がする。

遠くで魚が跳ねるのを見ながら、このまま海に逃げ込んで洞窟に帰って寝ようかななんてぼんやり思った。

そんなこと、できるわけもないのに。

「どうすっかなー……」
呟いて水面を見る。もうすぐ1年が経ってしまうが、今は帰れない。
帰らなかったら、自分はどうなるんだろう。


ふいに砂を踏む音が聞こえて、エドワードは慌てて振り向いた。

明るい月に照らされた浜辺に、ロイが立っていた。



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