魔法が使える人魚姫





ロイは変わらず毎日やって来る。が、アルフォンスが一緒にいるため魔法が使えない。
二人きりになりたいなんて態度に出せばなにをされるかわからないため、エドワードはなかなか実行できないでいた。
そしてウィンリィもまたよく姿を見せるようになった。エドワードをじろじろ見つめる目はどうやら嫉妬。やめてくれよと思うが、口に出せない。
アルフォンスと話をするロイの傍に寄り添ってこちらをちらちら見るウィンリィに辟易しながら、それでもチャンスを待ってエドワードは庭先に出て姿をロイにわざと見せるようにした。





秋の風が気持ちよく吹く日。エドワードは洗濯物を干しながら、まわりに誰もいないことを確認してから小さな声で歌を口ずさんだ。トリシャが時々歌ってくれる子守唄。歌を聞いたことがなかったエドワードは、その優しいメロディがとても好きだった。
海に帰っても歌えるかな。そう思って、そういえば人間になってからずいぶん経つことに気がついた。

あとどれくらいで1年になるんだろう。それまでに海に帰れば人魚に戻れるが、王子のこと以外はとても快適で楽しい生活を捨てて一人ぼっちで海底に戻るのは淋しくて嫌だと思った。

考えに沈んでいたエドワードに、いきなり声がかけられた。飛び上がるほど驚いて振り向くと、ウィンリィが立って自分を見つめていた。

「あなた、声が出せるの?」
「……………うん」
聞かれた以上、取り繕っても仕方ない。エドワードは頷いた。
ウィンリィは足早に近づいて、きょろきょろとあたりを見回した。今日はまだロイは来ていないし、アルフォンスは門番小屋にいる。
二人だけなのを確認し、ウィンリィは顔をエドワードに近付けた。

「なんでしゃべれないふりをしてるのかは聞かないわ。だから質問に答えてちょうだい」
「………なんの質問?」
エドワードが聞き返すと、ウィンリィはさらにまわりを見回して声をひそめた。
「あなた、なぜここにいるの?」
「………なぜって………拾ってもらったし、他に行くとこないし……」
「私のほうが先に好きになったのよ。あとから来て、ずるくない?卑怯よ」
「………卑怯、ってもさ……」
エドワードはどう言えばいいのかわからず言葉に詰まった。人魚の世界には恋愛などないし、誰かに執着することもない。こんなときに役立つ魔法なんてあるはずもなく、エドワードはただ困った顔でウィンリィの青い瞳を見つめ返した。
「とにかくね、あなたがいると邪魔なの」
「………はぁ」
「出て行けとは言わないわ。さっさとロイ様と結婚してちょうだい」
「…………はぁ?」

今、なんて?

「私はね、小さい頃からよくここに来てて、ずうっと好きだったのよ!なのに、いつの間にか知らない女が一緒に住んでて、話をしてもあなたのことばっかりで!」
ウィンリィは涙ぐんでいる。
「子供のときに約束したのよ、結婚しようねって!だからあなたがいるのが嫌なの!アルは私と結婚するんだから!」
うわぁぁん、と泣き出したウィンリィにとりあえずハンカチを差し出して、エドワードは途方にくれた。

あのウィンリィの嫉妬の目は、王子ではなくアルフォンスが好きだったからなのか。
納得はしたが、ますます困った事態になった。エドワードは肩を竦めて、まずはウィンリィを泣き止ませなくてはと背中に手を回した。
「あのさ、王女様。オレはここにお世話になってるだけでさ、アルフォンスは弟みたいなもんなんだ。だから気にしなくて大丈夫だよ」
「………ほんと?」
せっかくの化粧も台無しな顔でしゃくりあげながらウィンリィが聞いた。貸したハンカチが色とりどりに染まっていて、洗って落ちるんだろうかとエドワードはちょっと暗くなった。

アルフォンスが好きだから、いつも来るとき髪を結いドレスを着て気合いを入れて来るんだろう。澄ました口調で王子の腕をとって見せて、少しでも妬いてほしくて。
ウィンリィが可愛く見えてエドワードは微笑んだ。人間のすることは、ほんとに不思議でまわりくどくて、とても可愛い。

「ほんとだよ。あいつがオレの話ばっかするのは、王子にオレを売り込もうとしてんだ。今度二人きりになってみなよ、オレのことなんか言わねぇって」
「………ありがと。あなたいい人なのね」
ようやく泣き止んで、ウィンリィは落ち着いたらしかった。
「ロイ様は私と結婚なんかする気はないのよ。海で助けてくれた人に夢中なの」
それ、ほんとにあなたじゃないの?と見つめられ、エドワードは戸惑って目を逸らした。肯定するも同然な仕草に、ウィンリィは笑って肩をぽんぽん叩く。
「言いたくないのはわかるわよ。だってねぇ、嵐の中、しかも真夜中に海にいたなんて言えないしねぇ。すっぱだかでなんて」

…………うぇ?

「うん、裸が好きな人っているから。私は大丈夫よ。偏見なんてないわ。でもねー、ロイ様ってばほんとに毎日あなたのことばっかり言ってるのよ。月明かりに浮かんだ白い肩がきれいで、肌の艶やかさがどうのこうの」

……………ツラは朧気にしか見てなかったくせに、余計なとこだけはしっかり見てやがった。

「や、あれは違うって!その……な、波に服とられて。泳ぎにくくて、その………」
「なんだそうなの」
ウィンリィはあっさり頷いた。よかった、露出狂の変態にされるところだった。
「まぁ、でも事情はどうあれ裸だったんなら、名乗りにくいわよねぇ。わかるわ、女同士だもの」
些かエドワードには抵抗がある言葉だったが、それで納得してくれたようなので黙っていた。ウィンリィはちらりと城を見て、そろそろ王子が出てくる頃じゃないかと言った。エドワードも慌てて城を見る。まだ誰も来る様子はない。

「私達、親が勝手に決めた許婚なの。結婚式の予定もできてるらしいわ」
ウィンリィが淋しそうに呟いた。
「わかってるの、アルとは身分が違うって。きっとお父様は許してくれないわ」
「……………でも、一生懸命言えば……」
「無理よ。だって、国と国のことだもの」
ウィンリィは俯いて、また涙を拭いた。
「私、アルと一緒にいられるなら身分もお金もいらないのに」



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