赤ずきんお使い放棄





「そうかい。そりゃまぁ、あたしがいない間に大変なことがあったんだねぇ」
ピナコは頷きながらエドワードにお茶を出し、それから箱を差し出した。
「なにこれ」
「土産だよ。温泉饅頭。トリシャに持ってっておくれ」
エドワードは気のない顔で箱を眺め、またため息をついた。
「わかった。んじゃ、もらって帰る」
ピナコはエドワードの顔を見て、笑ってぽんぽんと肩を叩いた。
「熊は退治されたんだし、そんな顔してないで元気出しな。あんたらしくないよ」
「……だってさぁ……」


あれから一週間たった。
熊を見た村人は、その傷だらけの巨体を見てエドワードが言った「狼が自分を助けて熊と戦ってくれた」という話を信じ、狩人に謝礼を渡して狼は狩らなくていいと言ってくれた。
おかげでもう人目を気にすることなくエンヴィーと遊べると思っていたエドワードは、そのエンヴィーから旅に出ると言われて驚いた。
「いやー、なんか話してみたら意気投合しちゃってさ。旅に出て一緒に狩りとかするのも面白いかなって」
エンヴィーはそう言って、ハボックと共にどこへともなく旅立っていった。

「そのうち帰るって、いつ帰るんだよ…」

エドワードはとぼとぼと小道を歩いた。

ロイとリザはどこかへ帰っていった。ひどいケガをしていたし、当分は出歩けないと言っていた。
治ったとしても、この森は元々彼らの縄張りではない。もう会うこともないだろう。

またため息をついて、エドワードはまわりを見回した。静かな森は誰の気配もなく、穏やかな日差しが降り注ぐ小道には自分だけしかいない。
じわっと滲む涙をごしごし擦って、エドワードは駆け足で森を抜けて家に帰った。






「おばあちゃんにちゃんと渡してね。お饅頭ありがとうございましたって伝えてちょうだいよ」
トリシャはしつこく念を押した。言われたエドワードは籐製のカゴを持ち、渋々コートを着てドアを開ける。
友達がいなくなった森へはあれから行ってない。
淋しくて泣きたくなるから嫌だ。
そんなことは母親にはなんだか言えなくて、エドワードは仕方なく歩き出した。

森は相変わらず平和で静かだ。小鳥の声しか聞こえない。
つい赤いコートを着てきてしまったことに今さら気付いて、エドワードは苦笑した。もうこの色を目印にして会いに来てくれる友達はいないのに。

カゴをさげて下を向いて、エドワードは奥へ続く小道を歩いた。
地面だけを見ていたエドワードは、その小道を遮る者がいることに気付かなかった。

そっと肩に触れた手に驚いたエドワードが顔をあげると、にこにこ笑った狼と目が合った。

「赤ずきんちゃん、おつかいかな?前を見て歩かないと危ないよ」

「ロイ!」

エドワードは狼の首に飛びついた。笑いながら受けとめてくれるロイは、まだあちこちに痣や傷が残っている。
「もう大丈夫なのか?まだ治ってねぇんじゃねぇの?」
心配そうなエドワードの瞳に、ロイは眩しそうに目を細めた。
「リザは骨折とか色々でまだ歩けない状態だがね。私はそこまでケガはしてないんだよ」
で、ちょうどお目付け役がそんな状態だから抜け出して来たんだ。
エドワードを抱き締めて耳元に口を寄せて、ロイはくすくす笑った。

「もう来ないかと思ってた」
ロイの肩に顔をくっつけたままエドワードが言った。また涙が滲んでくる。声が震えるのが恥ずかしくて、エドワードは顔をあげられなかった。
「淋しい思いをさせたようだね。これからは毎日来るよ。というか」

ロイはちょっと赤くなりながら、エドワードの髪を撫でた。

「きみといつでも、昼も夜も一緒にいたいと思ってるんだが。ダメかな」

返事を待ったが、エドワードからの答えがない。
不安になったロイが自分にしがみついているエドワードを見下ろすと、耳も首も真っ赤になっているのがわかった。

どうやらOKらしい、とロイはほっとして、それではとりあえず自分の家に案内しよう、とエドワードを抱きかかえたまま溶けそうな笑顔で森の向こうへと歩き出した。







すっかり忘れられた籐カゴの中のトリシャお手製クッキーはその夜ピナコの家にようやく届いた。

「ごめんな、ばあちゃん。忘れてた」
悪かったとは露ほども思っていない笑顔で謝るエドワードとその隣でにこにこしているロイを見て、ピナコは仕方ないねと肩を竦めた。
「まぁ、あんたが幸せならいいさ」






エドワードはそれから毎日森へ出かけ、黒い瞳の狼と一緒に過ごした。
ときには金色の狼もそれに加わって、一緒に遊んだりするようになり。

淋しくなくなったし、泣きたくなることもなくなって。

そのかわり母親に頼まれたおつかいその他の用事はすべてもれなく忘れてしまってしょっ中叱られるようになったけど。


赤ずきんちゃんは狼と一緒に、いつまでも仲良く幸せに暮らしました。







END.
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