赤ずきんお使い放棄
走りながら説明するエドワードに頷いて、ハボックはタバコをくわえたまま煙を器用に吐き出した。
「つまり狼はおまえの友達で、今は熊と戦闘中てわけだな?3頭?」
「そう!家畜とか襲ってたのは狼じゃないんだ!エンヴィーは優しくておとなしい狼なんだよ!」
走りながら話すのはなかなか苦しい、とエドワードは息をつきながら思った。
だが止まる暇はない。近づくにつれて大きくなる物音や声はさっきよりも激しさを増していた。
「だから、撃つときは狼は狙っちゃダメなんだ!お願い、できるよね?ハボックさん!」
「あー、難しいこと平気で言うよなぁガキってさ」
ハボックは苦笑した。
「まぁ農場の足跡見てさ、狼の仕業じゃないってわかってたから。なんとか頑張ってみるさ」
「でも、大人達は狼だって言ってた」
「このへんに熊が出るなんてことないからな。知らなかったんだろう」
森の入り口でいったん足を止め、ハボックは銃を持ちなおした。
「今日今から犯人を仕留めれば、村のみんなの誤解もとけるだろ」
「ありがと!」
「礼を言うなら後でな。この地響きからして、大物だぜこりゃ」
エドワードの頭をぐしゃぐしゃに撫でて、ハボックは小道を急ぎ足で進んでいった。そのあとをエドワードが追う。木々を揺らす音はますます派手になっていて、ロイやエンヴィー達の唸る声がはっきりと聞こえた。
よかった、まだ無事なんだ。
ほっとして急ごうとしたエドワードのすぐ横の木に、いきなり狼が1頭吹っ飛んできてぶつかった。
慌てて駆け寄るエドワードに、倒れたままの狼がふわりと人間の姿になって微笑みかけた。
「エドワードくん…あんまり傍に来ちゃダメよ」
「リザ!しっかりしてよ、大丈夫?」
「そんな顔しないで。大丈夫よ。狩人は?」
ハボックはエドワードの後ろからリザを覗きこんで、狼の頭から足先までを眺めた。
「これはまた、えらい美人な狼だな。おまけに人間になって言葉をしゃべるなんて」
「え?狼は普通にこんなんだろ?」
エドワードの不思議そうな顔に、ハボックは肩を竦めて見せた。
「そんなわけねぇだろ。猛獣だぞ?」
「でも、みんな普通に…」
「私達は狼族の王の眷属だもの」
リザが苦しげな声でエドワードを遮った。
「普通の狼達とは違うわ」
「あー、そんなんアリなの?知らなかったな」
ハボックは頷いてリザの横に座りこみ、腕や足を触った。
「足折れてるな。あちこち打ってるみたいだし、動かないでじっとしてろ」
「そんなわけにはいかないわ。まだ主君が戦ってるのに…」
リザが身を起こそうとするのを押さえて、ハボックはエドワードを見た。
「エドだったな。こいつ動かないように見ててくれ。手当てはあとからだ」
「あ、うん!わかった」
エドワードが頷くのを見て笑って立ち上がり、ハボックは前を見た。道の先には小山のような熊が暴れていて、そのまわりを2頭の狼が飛び回っている。
狙うのが難しいな、とぶつぶつ呟きながら、ハボックは銃を構えてエドワードをちらりと見た。
「狼達をこっちへ呼び戻せねぇか?」
「え…」
エドワードは戸惑った。声をかけても聞こえるかどうか。地響きと咆哮と唸り声で自分の声など届きそうにない。それに、2頭とも血塗れになって吠え続けているところをみると興奮状態なのかも。
「一発で仕留めなきゃ手がつけらんなくなるかもしれねぇんだよ。狼達がいたら狙えねぇ」
眉を寄せて言うハボックを見て、それからリザを見て、エドワードは立ち上がって力いっぱい叫んだ。
「ロイ!エンヴィー!こっちに来て!」
2頭は振り向いてエドワードとハボックを見て、返事をするように高く吠えてから素早く熊から離れた。
そのままエドワードのほうへと駆けてきて、すれ違いざまにハボックに鋭い一瞥をくれる。
「うわ、おっかねぇの」
ハボックはにやりと笑って、巨大な的の急所に狙いを定めた。どうやら目をやられているらしい。狼達との戦いにダメージを受けて動きが鈍くなっている猛獣にラッキーと呟いて、引き金にかけた指に力をこめた。
続けて2発の銃声が森にこだました。そして大木が切り倒されるのに似た重い音。
それきり、森はもとの静けさを取り戻した。