赤ずきんお使い放棄




月明かりを避けるように、黒い狼が2頭、森からそっと出てきたのはもう夜も更けて月が天高く登った頃だった。
後ろからもう1頭、しなやかな金色の髪と賢そうな茶色の瞳の狼がついてきてまわりを用心深く見回した。
「ロイ様、火薬の匂いがします」
「ああ、狩人だろう。遠いから農場のほうかもしれない」
金色の狼の言葉にロイが頷く。エンヴィーは落ち着きなくきょろきょろしながら、森から一番近い家を指差した。
「あれがエドんちです」
金色の狼リザは眉をひそめてそっちを見た。
「本気なんですか?人間の子供を連れて行くなんて。足手まといになると思いますが」
「約束したからな」
ロイは肩を竦めて見せた。が、表情は弛んでいる。昼間に抱きつかれたときのエドワードの体温を思い出すと、なんだか心が暖かくなるような気がしてくるから不思議だ。こんな気分は初めてで、ロイは知らず笑顔で明かりが灯った小さな家を見つめた。
その顔を見てリザがため息をついた。今までいくら言っても妃を決めようとしなかった主君にようやく春が来たかと思えば、相手は人間の子供でしかも男の子だという。傍にいてなにをしていたのかとエンヴィーを睨んだが、それどころではないらしいエンヴィーは絶えず周囲を見回し匂いを嗅ぎ、びくびくおどおどと情けない様子で立ち竦んでいる。
「ちょっとエンヴィー、しっかりしなさいよ。それでも狼なの?」
「だってリザ、どこから狩人が出てくるかわかんねぇじゃんか」
「それくらい察知して逃げなさい。情けないわねー、もう…。あ、ロイ様!」
エンヴィーに文句を言ってる間にロイはさっさと明かりが見える窓を目指して走って行く。まわりを気にする余裕もないらしいロイに、リザは諦め顔で主君の代わりに周囲の気配に神経を尖らせた。





人間の姿になったロイが明かりのついた窓に近寄ってみると、エドワードはそのすぐ傍で椅子にもたれて眠っていた。
すっかり支度を終えて、なにか食べ物らしい袋を膝に置いてすやすやと眠るエドワードの頬を撫でて、ロイはその耳に唇を寄せた。
「エドワード。置いて行くよ」
「んー……」
ぼんやりと目を開けて、エドワードはすぐに笑顔になった。
「来てくれないかと思った」
「いや……約束したから」

笑顔に胸を撃ち抜かれたロイはふらついて後退った。
信頼しきって見つめてくる金色の瞳は凶器だ。ロイは目を逸らして後ろを見た。

「他にも仲間を連れてきたんだ。狩人は農場のほうにいるようだし、そっちへ行ってみるか」
エドワードは窓を乗り越えて地面に降り立ち、森のほうを見た。エンヴィーと、もう1頭知らない狼がいる。
「あれ誰?」
「私の腹心だ。紹介するからおいで」
ロイはさりげなくエドワードの手をとって歩き出した。エドワードは見知らぬ狼から目を離さない。恐がっているのかと心配になったロイが見つめていると、エドワードはロイの手をふりほどいてリザの傍に走り寄り、感嘆の声をあげた。

「すっげぇきれい!こんなきれいな狼初めて見た!」

いきなり褒められたリザは目を丸くして、それから人間の姿になって優雅に微笑んだ。エドワードを気にいったらしい。だがロイは面白くない。眉間に皺を寄せている。
「いくら見た目がきれいでも、性格に多少問題が……」
「なにかおっしゃいましたかロイ様」
「いやなにも」
きつい目線で主君を黙らせて、リザはエドワードに礼儀正しく頭を下げた。
「私はリザ。ロイ様のお側でお世話をさせていただいてます。エドワード様ですね?」
「あ、様とかいらないよ!」
慌てて手を振って、エドワードはにっこりと美しい狼を見た。
「よろしく、リザ!」
「……よろしく、エドワードくん」
にこにこと見つめ合う二人が気にいらなくて、ロイは強引に間に割って入った。「さぁ行くぞ!」とか言いながら素早くエドワードの肩を抱いて自分の胸に引き寄せる。エドワードの小柄な体はすっぽりと納まるサイズで、抱きつかれたときとは違う心地よさにロイの機嫌は一気に浮上した。

「あ、エド。その包みなに?」
美味しそうな匂いがする、とエンヴィーが指差した袋をエドワードは得意そうに掲げて見せた。
「母さんが作った唐揚げ!うまいんだぜ。エンヴィーに分けてやろうと思って持ってきた」
「オレに?」
驚くエンヴィーの傍でリザが笑顔になった。
「優しいのね、エドワードくん」
「えー、そうかな」
エドワードは照れて笑った。
「だってほら、夢遊病になるほど腹空かしてるしコイツ」
「だから違うって!!どんだけ疑ってんだおまえ!」
感動するんじゃなかった、とエンヴィーが半泣きで抗議をしていると、いまだエドワードの肩を抱いたままだったロイがエンヴィーの鼻を拳で殴った。
「静かにしろ!なにか違う匂いがするぞ」
だからって殴らなくても、というエンヴィーの苦情には耳を貸さず、ロイは遠くを見透かすように目を細めた。耳がピンと立ち、気配を探るようにぴくぴくしている。
触っちゃダメなのかな、とエドワードがそれをじっと見つめていると、ロイは突然エドワードの肩から手を離して腕をつかんだ。
「森へ走れ。音をたてるな」
言われてリザもエンヴィーも身構える。嗅ぎ慣れない獣の匂いが凶暴さを滲ませながら少しずつ濃くなっていく中で、狼達はざわりと毛を逆立てて森へ続く小道を走った。



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