赤ずきんお使い放棄




ほどなく、ドアをとんとん叩く音がした。
「ごめんくださーい」
それからまたとんとん。

3人が息を詰めてドアを見つめていると、やがて諦めたらしく「留守か…」と呟く声がした。
そのあとしばらく家のまわりを歩き回る音がして、そのあと静かになった。エドワードがカーテンの隙間からそっと外を窺うと、来た道を戻っていく狩人の後ろ姿が遠くに見えた。

「あー、焦ったー!」
エドワードはようやく大きく息をついてベッドに倒れこんだ。ロイはその背中をぽんぽんと叩いて、エンヴィーをちらりと見た。
「安心はできないぞ。この家のまわりはおまえの足跡がたくさんある。絶対にまた来るぞ」
「お、脅かさないでくださいよ」
エンヴィーは怯えた目でドアを見た。さっき来た狩人から匂う強烈な火薬臭がまだ鼻についている。あんなのに追われたら、撃たれる前に鼻がどうにかなってしまいそうだ。
「とにかく、赤…いやその」
言いかけた言葉に反応したエドワードが飛び起きて睨んできて、ロイはちょっと口籠もった。
「えーと…エドワード?きみは家に帰りなさい」
「なんでだよ」
「危ないからだ。間違って撃たれては困るからな」
「嫌だ。オレもここにいる」
「ダメだ。帰りなさい」
「やだ!」

押し問答にロイがため息をつくと、横からエンヴィーが遠慮がちにエドワードに笑ってみせた。
「あのさ、エドはピナコさんのお見舞いに来たんだから、日が暮れるまでには帰らないと。村人が心配して探しに来たら困るじゃん」
「…………」
確かに、家畜が襲われているようなときに森に行ったまま帰って来ない子供がいれば、村人は総出で探すだろう。銃がある家も何軒か知っている。狩人一人ならごまかせても、村人みんなは無理だと思う。
でも。
エドワードは顔をあげて二人を見た。
「でも、友達が危ないときに一人だけ安全なところへ逃げるのは嫌だ」

金色の瞳が強く輝くのを見て、ロイは言葉が出なかった。
人間はあまり好きではない。だが、この子は他の人間とは違うかもしれない。

「わかった」
ロイは頷いた。
「きみにも協力してもらおう」
「ほんと!やった、ありがと!ロイ好きー!」
エドワードはぱっと笑顔になって、ロイの腹にしがみついた。
「す、好きって…きみねぇ」
らしくなく狼狽えるロイにお構い無く、エドワードはぎゅうぎゅうしがみついてくる。しかも顔をくっつけて「いい匂いする」なんて言うから、もうロイはどうしていいかわからない。
傍で見ていたエンヴィーが堪え切れずに笑うのを横目で睨んで、ロイはわざとらしく咳払いをした。

「とりあえず、エドワードは家へ帰るんだ。わかったか?」
「えー」
不満そうな声でエドワードがロイを見上げた。その近すぎる距離もロイを動揺させる。どうしたんだ、私ともあろうものが。しかし落ち着けと言い聞かせるほどに心臓がうるさく鳴り、頬が熱くなっていくのが止められない。
「……ロイ、熱あんの?」
無邪気なエドワードが憎い。ロイは顔を背けて、腹にまきついたエドワードを優しく剥がした。
「あのな、とりあえずは帰るんだ。エンヴィーの言う通り、村人達が捜索でも始めたら私達は動けなくなる。だから、夜まで待て」
「夜?」
「そう。夜になったらきみの家まで行くから、そしたら出てきなさい」
言いながら、なんだか妙な言い方だとロイはまた動揺した。まるで恋人と駆け落ちの相談でもしているような。
いやいや考えすぎだ、とロイは首を振って、エドワードを見た。金色の赤ずきんは不安そうな顔で自分を見つめている。
「ほんとに、来てくれんの?嘘じゃないよね?」
「……ああ、行くとも」
だからそんな目で見つめないでくれ。
「信じてるからね。きっとだよ、ロイ。オレ支度して待ってるから」

…………。

ロイはもうダメだと悟った。

ハマった。完全に。

必ず行くと約束すれば、嬉しげに笑ってまた抱きついてくる子供を今度は突き放すことはできなくて。

傍で見ているエンヴィーが、邪魔だと心の底から思った。







夜。

エドワードは早々に食事を終えると、テーブルに残った唐揚げを急いでナプキンにくるんだ。
部屋で本読みながら食べる、とトリシャに言って、それを持って自室に籠もって鍵をかけた。
それから窓を開け、外を見た。エドワードの部屋は裏通りに面している。ロイやエンヴィーの姿が見えたらすぐに駆け出せるように、と黒い服を選んで着こみ、椅子を引っ張ってきて窓の傍に座りこんだ。

狼達はまだ見えない。

森に住んでいる狼はエンヴィーだけだとピナコが言っていたのを思い出して、エドワードは不安になって月明かりに浮かぶ森を見た。

エンヴィーは家畜を襲ったりしない。
じゃあ、一体なにがそんなことをしたんだろう。

急に心細くなって、エドワードは森に続く道を見つめた。

早く来てよ、ロイ。

幼なじみの赤い瞳の狼ではなく、この夜の闇のような黒い瞳をした狼ばかりが頭を占めていることには気付かず、エドワードは唐揚げを入れた包みを握りしめて闇に目をこらし続けた。


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