赤ずきんお使い放棄
「おーい、ばーさん!来てやったぜ!」
エドワードはとても見舞いに来たとは思えない態度で小さな家の木のドアをがんがん叩いた。病人がいるんじゃないのかというエンヴィーの言葉も無視で、さっさとドアを開けて中に入る。
狭い室内の片隅に小さなベッドが置いてあり、その布団が丸く盛り上がっていた。
「なんだよ、寝てんのかよ」
「当たり前じゃんか。風邪ひいてんだろ?」
文句を言うエドワードを宥めながら、エンヴィーはベッドに近寄った。
「ピナコさん、あのーすんません、お願いがあるんだけどさ」
布団は返事をしない。
「えーと、なんかオレ妙な誤解受けちゃってて。追われてるんだけど、助けてくんないかな」
布団はいまだ黙っている。エドワードはイラついてベッドにつかつか歩み寄ると、布団を一気にはぎ取った。
「ババァ、返事くらいしろって…………」
エドワードはぽかんと口を開けている。
エンヴィーはベッドにいるものを見て、顔を蒼白にして震え始めた。
ベッドには漆黒の髪と瞳をもつ狼が、悠然と二人を見つめていた。
「…………あんた誰?」
ようやく我にかえったエドワードが言うと、狼はにっこりと笑った。
「はじめまして、きみが赤ずきんちゃんだね?私は狼族の王。名前はロイ。よろしく」
「ダレが赤ずきんちゃんだ!そのあだ名嫌いなんだよ、オレはエドワードってんだ覚えとけ!」
真っ赤な顔でエドワードが怒鳴るのを笑いながら眺めて、ロイは人間の姿になってエンヴィーに視線を移した。
「エンヴィー、なにかあったのか?話してみろ」
「無視すんなぁぁ!」
ぎゃあぎゃあ喚くエドワードを横目に見ながら、エンヴィーは怯えて下を向いた。
「ふむ。なるほどな」
ロイは頷いた。
「濡れ衣で撃たれるのは面白くないな。エンヴィー、逃げ隠れる前にしなくてはならんことがあるんじゃないのか」
「……はぁ。でも、どうしたらいいのか」
「どうしたら、じゃないだろう。狼族の端くれなら、家畜を襲った奴を見つけて捕まえなくては」
「わかってますけど…」
エンヴィーは途方にくれたようにロイを見た。その横では無視され続けたエドワードがむくれて椅子に座り込んでロイを睨んでいる。
「ちょっとあんたさぁ、なんなの偉そうに。ババァどこ?食ったの?」
ぶしつけな質問に、ロイは苦笑してエドワードを見た。
「私はピナコさんとは旧知の仲でね、しばらく留守をするからよろしくと頼まれてここにいる」
「ババァどこ行ったの?」
「魔女組合の慰安旅行で温泉に行った」
「温泉?マジ?呑気なババァだよなまったく」
エドワードはぶつぶつ文句を呟いて、それからまたロイを見た。
「で、ババァが風邪とか噂流したのもあんた?」
「そう言えば誰も来ないと思ってね。だが」
ロイはくすくす笑った。
「留守中可愛い赤ずきんちゃんが来るかもしれないから遊んでやってくれと言われてたんだ。てっきり小さい女の子かと思ったら、小さい男の子だったとは」
「誰が小さいって!?」
すかさず怒鳴るエドワードに、ロイはまあまあと手をあげた。
「怒鳴るんじゃないよ。狩人がそこらまで来ているかもしれない」
あ、とエドワードは口に手を当てて黙ると、慌てて窓を覗いた。
外は相変わらずの平和な森だ。鳥の声だけが響いている。
「とにかく、えーとロイだっけ?なんとかエンヴィーが撃たれないようにできない?」
エドワードは振り向いて、小さな声で言った。
「エンヴィーは友達なんだ。夢遊病かもしれないだけなんだよ」
「だからー!違うって言ったじゃん!」
エンヴィーが怒鳴った。
「エド、じつはおまえが一番オレのこと疑ってねぇか?」
「そんなことないよ。友達じゃないか」
目を逸らして棒読みするエドワードの肩をつかんでエンヴィーが泣きながら抗議していると、呆れて見ていたロイが突然エンヴィーの後ろ頭をスリッパでひっぱたいた。
「二人とも黙れ!人間の匂いだ」
だからって叩かなくても、と文句を言いつつエンヴィーが壁にくっついて床に座り込んだ。エドワードが窓の外を見ると、遠くから小道をこちらへ向かう人影が見える。
誰だろう、と考えるまでもなかった。人影は長い猟銃を背中にかついでいた。
「どうしよう、ロイ!」
慌てたエドワードがベッドに座るロイに駆け寄った。
「じっとして、静かにしていなさい。ドアに鍵をして。しばらくそのへんを探したらそのうち帰るだろう」
エドワードはそっとドアに近寄って鍵をかけ、小さな家の窓のカーテンを閉めて歩いた。それがすむとロイの傍に駆け戻り、隣に座ってロイを見る。
こんなふうに恐れる様子もなく傍に来る者は久しぶりだ。人間はもちろん、狼でもみな自分を恐れて口をまともにきく者もいない。ロイは微笑んでエドワードの頭を優しく撫でた。
柔らかい金の髪の感触に、なぜだかロイの胸がどきんと大きく跳ねた。