遠い、知らない街へ





トラックは隅の空いた場所に、頭を柵に向けて停まった。エンジンを切り、静かになった車内でエドワードはロイがなにか言うのを待った。聞こえてなかったはずはないのに、ロイは前を見つめて黙っている。
「………あの、」
短気は悪い癖だと知ってはいるが、沈黙に耐えられなくなったエドワードは小さな声で問いかけようとした。ロイはそれを手をあげて遮って、携帯を手に取って電源を切った。
「………私たちの仕事はね、朝から夕方までできっちり終わるものとは違うんだ」
タバコに火をつけて、ロイは言葉を探しているようだった。
「暇なときは本当に暇だ。のんびり休憩をとって寝ることもできるし、恋人に電話やメールをする時間もある。だけどね、忙しくなるとそんな暇はまったくなくなるんだ」
自分にわかる言葉を考えているのか、とエドワードは気がついた。まだ運送業をろくに知らないエドワードには、その仕事の細かい事情などはわからない。
「私たちは食品を運んでいて、時期によって仕事量に波がある。特に冬は、寝る暇を惜しんで飛ばさなくては間に合わないくらい忙しいんだよ」
「冬?」
「年末年始には、どこも大売り出しをするだろ?その荷物だよ。一年で一番物量が増えるんだ」
「ああ、そうか…」
ロイから連絡がなくなったのは12月の半ばだった。
「それから、冬しか運ばない荷物もある。今はそれが忙しくてね。通常の仕事に加えてそれがあるから、みんなほとんど寝てないし家に帰ることもできなかった。今日はね、久しぶりにみんな早く終われたんだ。ようやくシーズンがピークを越えたからね」
なんのシーズン、と聞きかけてエドワードは口を閉じた。冬だけ見る食品なんて、牡蠣くらいなものだ。
「というわけで。私は休みも取ってないし、ほとんどトラックで生活している。社長をやってるからね、余計な電話がひっきりなしにかかってきて私用電話をする暇もない。メールしようとして携帯を握ったまま寝てしまうような状態だ。わかってくれないか、エドワード。浮気なんてしてない。ずっときみに会いたかったよ」
「……………ごめん。オレ、知らなくて」
エドワードは俯いた。
「いいよ。私の説明が足らなかったんだ」
ロイは短くなったタバコを灰皿でもみ消して、エドワードのほうへ手を伸ばした。
「好きだよ、エドワード。会いたかった」
「うん。オレも……」
言いかけて、ロイの指が頬から首筋に落ちていくのを感じてエドワードは顔をあげた。ロイの顔がすぐそこに迫っている。

「な、なに?」
「なにって。久しぶりに会った恋人を前にして、することといったらひとつだろ」
ロイの手は首筋を通りすぎ、エドワードが着ている服の裾を掴んでいる。いや待て、まだ風呂にも入ってないのに。てかまたトラックなのか。久しぶりに早く終われたと言うなら、ちゃんとベッドに行くのが普通じゃないのか。
「あんたオレに用事があるとかなんとか言わなかった?」
ロイの唇を避けながら必死で言うエドワードに、すっかりその気の男はにっこり笑ってみせた。
「ああ、うん。用事は今から済ませる」
「済ませるって…」
「言っただろう、忙しかったって。だからね」

なんとかしてくれ。限界なんだ。

抱きしめられて囁かれて、エドワードは体から力が抜けてしまった。











「やることやったら爆睡かよ」
エドワードは眠ってしまったロイの下から抜け出て、助手席に移動して服を探した。剥ぎ取られて放り出された服は自分のものとロイのものが混ざりあってそこら中に散らばっている。
「う。パンツがねぇ」
肝心なものがなくてエドワードは焦った。あれがなくてはなにも着れないではないか。シートの下を見てダッシュボードの上を見て、ベッドのロイ周辺を見たが見当たらない。どうしよう、ロイのを履くか。でもなんか嫌だ。でもノーパンはもっと嫌だ。ロイがノーパンな分は別にどうでもいいけど。
仕方なくロイのパンツを探そうと覗きこむと、うつ伏せですやすやと熟睡する男の手に見慣れたものを見つけた。
「…………あった」
なぜこいつが自分のパンツを握りしめてるんだろう。ていうかいつ握った?自分の腰から剥がしたときにはどっかへ放ってたはずなのに。
目眩を抑えながらそれを引っ張るが、抜けない。男の指を一本ずつ剥がそうと手を見ると、薬指に光るものが目に入った。

自分がしているのと同じ指輪。

顔が赤くなるのを自覚して、エドワードは慌てて目を逸らした。

そのとき、ライトが後ろからトラックを照らした。同時に砂利を踏んで入ってくる車の音。

エドワードは急いでロイの腕を掴み、反対の手で自分のパンツを思い切り引っ張った。千切れそうだったが、なんとか抜けてくれてほっとして、急いでそれを履いた。二人とも真っ裸で、しかも片方はベッドで満足そうに眠っている。こんな状況、誰だってなにがあったか察しがつく。

そんなもん察せられたら、オレは崖から身を投げる。

エドワードは必死で服を身につけた。今までこんなに焦って服を着たことはなかった。
最後にシャツを被って、ほっとして椅子に座り直して眠ったふりを始めるエドワードは、後ろのベッドで眠っているロイがいまだ裸ということをすっかり忘れ去っていた。





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