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遠い、知らない街へ






3軒目のコンビニでようやくジャンプを見つけ、エドワードは早速手を伸ばした。本日発売と札がついたジャンプは夕方も過ぎた時間の現在にはわずかに残り1冊となっていた。迷わずそれを掴むと、同時に後ろから声がかかった。
「待て。それは私のだ」
聞き覚えのある声に、前にこんなことがあったなと振り向いてみた。
黒髪で黒瞳の子供な大人がすぐ後ろでエドワードを見つめていた。

「あ……ひ、久しぶり」
「やぁ、元気だったか?」
ぎこちない挨拶をして、なんとなく目を逸らしてしまう。なんて言えばいいのか、言葉が見つからない。

なにしろ2ヶ月ぶりだ。忙しくなったからと言われて、それきり音沙汰もなくなったこの男に聞きたいことはたくさんある。もう飽きたのかとか、他に女でもできたのかとか。半年前に初めてこの男に抱かれてからしばらくは毎日のように会っていて、恋人だと言われて指輪までもらっていたのに。いきなり会わなくなってから2ヶ月経ってみれば、あれは夢だったのだろうかという気にもなる。この男が乗る真っ黒のトラックを国道で探してしまう癖も、最近になってようやく忘れるようになっていた。
ただ、もう終わったのかどうか。それが気になる。別れたということになるのかどうか。
聞いてもいいのだろうか。
エドワードはそっと黒い瞳を見上げた。だけどその瞳は相変わらず優しく自分を見つめていて、どうしていいのかわからなくて戸惑ってしまう。

「おい、エド!」
乱暴に呼ばれて顔をあげると、レジに並んだエンヴィーがこちらを見ていた。
「なにやってんだよ。買うの買わねぇの。オレ先に帰っちゃうよ?」
「うあ。ま、待てって。今行くから」
エドワードは慌ててジャンプを胸に抱いてレジへ行こうとした。
「エドワード」
横から素早く手が伸びてきて、腕を捕まえられた。
「ジャンプは私が買う。それときみにも用事が」
「じょーだんじゃねっつの。絶対譲らねぇぞ。ラスト1冊なの見ただろ?他を探せよ」
「嫌だ。あんなでかい車であちこち探し回るのは面倒くさい」
なんか、前にもこんな言い争いをしたような気がする。
「エド、そいつ知り合い?」
もめているらしいと気づいたエンヴィーが近寄ってきた。胡散臭げな目でエドワードの腕を掴む男を睨む。
「あの、エンヴィー。こいつは……」
知り合いだと言おうと口を開いたエドワードを遮って、男は堂々と胸を張った。

「私はロイ・マスタング。エドワードの婚約者だ」

「…………は?」

エンヴィーよりも先に、エドワードが目を見開いて驚いた声をあげた。












「なんなんだよあんた!恥ずかしいだろ、あんな大声で!」
トラックの助手席に丸まって、エドワードは真っ赤な顔を隠しながら文句を言った。ロイはタバコをくわえて器用にハンドルを操りながら、なんで?ととぼけた声を出す。にやにや笑いながらお邪魔しましたと帰っていったエンヴィーによって、今夜中には友達全員に話が行き渡るだろう。そう思ったら、エドワードは次に学校に行く日が怖くなった。どうしよう。消えたい。
「本当のことだろう。きみは指輪を受け取ったじゃないか」
「う、受け取ったけど…だってあれは2ヶ月も前の話で、それから一度も会ってねぇじゃんか。オレ、てっきりもうふられたのかと………」
「ああ、なんだ。それでさっき変な顔してたのか」
ロイは安心したように笑った。
「私は、きみが他のやつとデートかなんかで、それであんな気まずい顔をしたのかと思って嫉妬してしまったぞ」
「デートってなんだ」
エドワードはじろっと運転席を睨んだ。
「エンヴィーは学校の友達だよ。コンビニ行くっつったらついて来たんだ」
トラックは揺れながら国道に出て、事務所のほうへと進路をとった。高い位置で輝くライトに、照らされた普通車たちが慌てて道を譲ってくれる。
「そういえば、学校は休みだったか」
ロイははるか過去の記憶となった学生時代を思い出そうと首を傾げた。
「うん。もう卒業式までは休みだよ」
エドワードはごそりと体勢をかえて、座り直して前を見た。夜の国道は久しぶりだ。街灯や信号やたくさんの車のライトで、昼間とはまた違って見える。
「そうか。なら明日の仕事、ついて来るか?」
「あー………うん」
間をあけて頷くエドワードに、ロイは怪訝な顔をちらりと向けてまた前を見た。
「なんだ、予定でもあるのか?」
「そうじゃないけど」
「なら、なんだ」
食い下がるロイにため息をついて、エドワードは唇を尖らせた。

だって。この2ヶ月連絡もないままで、自分はてっきり捨てられたんだと思ってたのに。泣いちゃったりした日もあったのに。なんでロイはそんなに普通なんだ。空白なんてなかったみたいに、当たり前みたいに前とおんなじ態度で。悩んだのに、バカみたいじゃんか。
……他に、誰か彼女とかができたんなら、そう言ってくれたらいいのに。怒ったりしないで、ちゃんと別れてあげるから。
だから。
二股とか、そういうのはしないでほしい。他に誰かいるなら、はっきりそう言って別れてほしい。

それだけのことを迷いながらつっかえながら言うエドワードの声を、ロイは聞いているのかいないのかわからない無表情でブレーキをかけてハンドルを切った。山の傍にある砂利を敷いた駐車場に、黒い大型トラックがゆっくりとはいっていく。駐車場にはトラックが並び、事務所の横には普通車はロイのものしかなかった。



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