新しい風





行く先々で、兄を手伝う弟に店の店員たちから声がかかる。何年生?今日はお兄ちゃんの手伝いなの?仲がいい兄弟なのねぇ、はいこれ、お菓子。二人で分けて食べなさいね。年配のおばちゃんたちからの言葉に、弟はにこにこはきはきと挨拶をし、お礼を言った。
「兄さん、スーパーに行く仕事って楽しいね」
完全に子供扱いでたくさんのお菓子をもらい、抱えて助手席でにこにこ笑う弟に、エドワードが苦笑する。アルフォンスのおかげであまりゆっくり挨拶ができなかったが、かわりにしんみりした気分にもならずにすんだ。そこは感謝するべきか。

そういえば、と考える。

市場でも、寂しい気分になるたびにアルフォンスが話しかけてきて、そっちに気が逸れたせいで忘れることができた。

家でついて行こうかと言い出したのも、確か自分が寂しさを感じて俯いたときだった。

まさか、アルフォンスはそのつもりでついてきたのだろうか。寂しがり屋で別れが苦手な自分を心配して。

ちらっと隣を見る。
こちらを見ていたアルフォンスと目が合った。
「あ、またよそ見してる!危ないでしょ!兄さん、ちゃんと前見てないよね!?そんなんじゃプロとして失格なんじゃないの!?」
………オレの弟が、そんなに優しいはずがなかった。
運転についてまだ文句を言い続けるアルフォンスに適当に頷きながら、エドワードは小さくため息をついた。

「なんだ、弟かぁ。あんまり似てないなぁ」
魚屋に紹介すると、ほっとしたような顔をされた。
「いやほら、おまえの新しい彼氏かと。もしそうなら社長さんに報告しなきゃだし」
「報告?」
「頼まれたんだよ。おまえに近づく害虫がいたらすぐ教えてくれって」
胸を張って言う魚屋に、呆れてなにも言えなくなる。まさかそんなことを頼んでいたなんて。どこまでアホなんだ、あいつは。
けれど魚屋にとって、ロイから頼まれ事をされたということはとても誇らしいことのようだった。あのマスタング社長に信頼されているんだ、と魚屋は上機嫌で語る。どうやら転職してロイの会社に入りたいと言っていたのは本気らしい。
「兄さん、マスタングさんに信用されてないんだね」
哀れむような目で弟が言う。違う、あいつが変なんだ。そう言おうとすると、魚屋が横から口を出した。
「そうじゃないぞ。マスタング社長は、エドのことが本当に心配なんだよ。エドはこの通り顔も身長も可愛いから、変なのが寄ってきて困ったりするんじゃないかって、気にしてるんだ。社員思いのいい社長さんだよな!」
可愛い身長ってなんなんだ。つか一番変なのはその社長なんだけど。
「へー、立派な社長さんだなー」
棒読みする弟。あの顔は、帰ってから母親に報告する気満々な顔だ。またにやにや笑われてしまうじゃないか。マスタングさんてエドのこと大好きよねぇ、なんて。そんでその横で父親が泣くんだ。まだ嫁になんて行かせないぞとか言って。マジうざい。どうにか魚屋を黙らせないと。
「おまえ、明日からもここ来るの?」
話題を変えた方がいい、とエドワードが言うと、魚屋が頷いた。
「ここの荷物、多いからな。うちにとっちゃ大口だし、店舗減っても続けるんだと」
「そうなんだ」
自分は今日までで終わり。
魚屋とこうしておしゃべりするのも、今日が最後になるかもしれない。
「じゃ、一応礼言っとく。ありがとな、色々教えてくれて、手伝ってくれたりして。助かったよ」
「なんだよもう、これきり会わないみたいに」
照れたのか、魚屋は缶コーヒーに口をつけて目を逸らした。
「またすぐ会うよ。見学行くって言っただろ?あれ、オレ本気だからな」
「ほんとに、魚屋辞めてうちに来る気なの?」
「見学してから決めるけど。でも、本気で考えてはいるんだ。できればマスタング社長の下で働きたいって気持ち、変わってないし」
「…………そっか」

ロイには不思議な魅力があるような気がする。皆がその存在に惹かれ、ロイの力になろうとする。今いる社員たちもそうだし、取引先もそう。ロイを知る皆が、ロイの味方になる。
だから、こんな小さな会社でも、よその会社の人たちの噂話に上ったりするんだ。社長がすごい人だから、社員もすごいと思われるんだ。

自分は、どうなんだろう。
そんな有名人ばかりの会社では居づらいだろう、と言われたことを思い出す。
そう言われるということは、自分はロイの会社の社員としてまだ相応しくないのだろう。新米で、小さなトラックに乗っていて、しかも運転もまだまだ下手で。認めたくはないが女性よりも小柄な体は、筋肉もついてなくて非力もいいところ。そんな自分は、他社の人たちから見てもロイやハボックたちのいる会社の社員の一人にはとても見えないに違いない。

「兄さん、仕事これで終わりなの?」
アルフォンスの声に、エドワードははっとして顔をあげた。自分を見る弟の目に、不安がわずかに揺れている気がする。
「あ、えーと。会社に戻って、夕方まで皆の手伝いっていうか、助手を」
慌てて答えるエドワードに、アルフォンスが頷いた。
「じゃ、戻ろうよ。お腹空いたし、どっか寄る暇ある?」
「あー、じゃコンビニ行くか」
車の鍵をポケットから出し、魚屋を振り向く。
「じゃあ、また。見学来るときは連絡くれよな」
「そんときはよろしくな!また電話するよ」
「うん、待ってる」
笑顔で手を振り合って、トラックに乗り込んだ。エンジンをかけてから、もう一度スーパーの建物を見上げてみる。

この仕事は、これで終わり。

明日からはまた違う仕事をするんだ。
切り替えなくちゃ。寂しがってる暇なんかない。

「よし、出発ー!」
「兄さん、ちゃんと左右見てよ!?」
「わかってるって!」
「確認短!ちら見しかしてないだろ!もっとしっかり、」
「はいはい。うるせぇなぁ」
「はいは一回!って、母さんいつも言ってるじゃん!」

県道に出て国道へと入り、出勤する車の渋滞に混ざって会社へ向かって走り出す。
アルフォンスのおかげで、うまく気分の切り替えができそうだ。
「そういや兄さん、知ってた?父さん、酔うと必ず兄さんをお嫁に出すのは嫌だって泣き出すの。こないだとうとう母さんにグーパンチもらってたよ」
「まだそんなこと言ってんのか、あの親父」
「母さん、マスタングさんはもういい年なんだから早く結婚したいはずだって言ってた。あんなガサツで乱暴な子をもらってくれるような変わった人はもうきっと現れないから、逃がすわけにはいかないって」
余計な世話だ。
「あと、こないだエンヴィー先輩から電話あったよ。兄さんが遊んでくれないって泣いてた」
あいつ友達少ないからな。
「それとウィンリィが、生きてるなら連絡寄越せって」
めんどくせぇな。連絡ないのは生きてるからだって思わないんだろうか。
「あとでメール入れとくよ」
夕方でいいか、なんて考えながら、国道沿いのコンビニに車を停める。少しだけ斜めになって、弟にまたぶつぶつ言われてしまった。


「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
事務所に入っていくと、そこにいた皆が驚いた顔をした。
「今日は兄弟で出勤なのね」
リザが笑ってパソコンを閉じる。お茶を淹れましょうか、と立ち上がりかけたリザに、アルフォンスが素早く駆け寄った。
「ボクやります。お仕事あるんでしょう?続けてください」
「あら、ありがとう」
微笑んだリザの向こうで、ハボックが笑った。
「気がきく弟じゃん。えーと、名前なんだっけ」
「アルフォンスです。アルでいいですよ、そのほうが慣れてるし」
リザはまた椅子に座ったが、パソコンを開ける気配はない。トラックの鍵を出し、書類をまとめている。じっと見つめてくるアルフォンスに苦笑して、お茶の用意を任せるのが嫌なわけではないと首を振った。
「出る支度しなきゃいけない時間なの。こっちはまた帰ってからね」
閉じたパソコンをぽんと叩くリザに、アルフォンスはさらに不安な顔になる。
「事務はおねえさんがやってるんですか?一人で?」
「そうよ」
「ドライバーもしながらじゃ、時間が足りなくないですか?」
「まぁ、足りないわね。持って帰ってやることも多いわ。仕方ないわよ、運送会社の事務は普通の会社の事務とは違うことも多くて。経験のある人って少なくて、なかなか見つからないの」
「…………………」
黙ってしまったアルフォンスの肩を、ブレダがぽんぽん叩く。
「運送屋はいつでも人手不足なんだよ、気にすんな」
「はい………あ、前に来たときお仕事で出てた人ですよね?はじめまして、アルフォンスです。よろしくお願いします」
「かたっくるしいな。オレはブレダ。まぁ、よろしく頼む」
自己紹介がすんでミニキッチンに向き直ったアルフォンスの背中を見ながら、フュリーがくすくす笑った。
「エドワードくんが初めて来たときでも、あんなに丁寧な挨拶はなかったよね」
「性格でしょうね。兄弟でもそれぞれ違いはあるものですから」
ファルマンの言葉に、そうそう、とヒューズが頷く。
「それってオレが図々しいとか馴れ馴れしいとか、そういう?」
唇を尖らせて文句を言うエドワードに、違う違うと焦って首を振るフュリー。それを見て、また皆が笑う。
出発前の者、帰ってきた者。それらが入り乱れておしゃべりをするこの時間は、エドワードの一番好きな時間だった。慌ただしくて落ち着かなくて、でも明るくて和やかで。
そんな時間を弟に見せることができてよかった、と思う。
仕事を見て実際手伝ってみて、ドライバーに対する見方がずいぶん変わった、と言った弟。
ここのこの時間を見て、また変わればいいと思う。
リスクも制限も多い長時間の肉体労働だけれど、皆が皆我慢しながら働いているわけじゃない。少なくともこの会社では、皆本当に仕事が好きで、楽しんで働いている。
それが弟に伝わればいいな、と願いながら、エドワードはロイの机の側に椅子を引っ張って座った。

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