黒と赤の夢
ふと目を開けると、車が揺れていた。
閉まっていたカーテンを開けて首を出す。トラックは来た道を戻る途中で、ロイが運転しながらちらりとこちらを見て眉を寄せた。
「起きたか。まったく、そんな無防備な格好で寝てるとは」
エドワードはぼんやりとフロントガラスの向こうを見た。国道を照らすライトと、わずかにあちこちに散らばる家の明かりの他はほとんど暗闇で、どこを走っているのか見当がつかない。雨はもう止んでいた。
「きみは本気で私の言ったことがわからないのか?それとも襲ってほしいのか」
ぶつぶつ言うロイは最初に見たきりエドワードから視線を外している。
「だって、服濡れてたし」
エドワードは唇を尖らせて反論した。
少し眠ったおかげで頭が冷えたようだ。今度は言葉がすらすら出てくる。
「だいたいオレ男だぞ。そんなん、お・・・襲われるとか、えーと。考えるわけねぇじゃんか」
「そんなもん、好きになったら関係ないだろう」
拗ねたような声のロイはひたすら前だけを見つめている。
「あるだろ普通。なんでオレなんだよ」
「そんなん、知らん」
「知らんって…」
「知らんったら知らん。好きになったんだから仕方ないだろ」
子供かこいつは。
エドワードはロイがこちらを見ないのをいいことに、斜め後ろからじっと見つめた。
濡れた髪をかきあげて怒ったような表情で運転に集中するロイの頬は少しだけ赤い。
ああ、このロイなら怖くない。
エドワードはほっとした。
さっきのロイは知らない人みたいで怖かった。が、今なら。
初めて会ったときの、大人のくせに子供の自分とジャンプを奪い合って揉めたあのロイと同じ人だ。
「もうすぐ会社だ。送って行くから服を着なさい」
言われてきょろきょろしてみると、確かに見覚えがあるような気がする場所を走っていた。夜は景色が違って見えるからよくわからない。
ロイが少しずつ減速を始めた。
「服、まだ乾いてないもん」
「シャツはあるだろ。Gパンは仕方ないから家まで我慢しろ」
「ロイはどうすんの?」
「私は明日早朝には修理屋から連絡が入るから、会社に泊まる。修理が長引くようなら配車も考えなくてはならんし…」
「ここで?」
「ああ、ハボック臭を我慢すれば事務所のソファーよりはマシだからな」
ハボック臭って。
「じゃ、オレも泊まる」
ロイが思い切りブレーキを踏んだので、エドワードはカーテンから飛び出しそうになって慌てて助手席にしがみついた。
トラックは減速しながらゆっくりと会社の敷地に入るところだったので、幸い後続車はいなかった。ハンドルを切って斜めになった不自然な状態で止まって、ロイは勢いよく振り向いた。
「なにを言ってるんだきみは!」
「なにって、ほら、オレんちまで行ったり来たりしてたら夜が明けちゃいそうだし」
「まだそんな時間じゃない。ていうか、きみは本当にひとの話を聞いてないのか?」
「聞いてるよ」
「だったら!」
怒鳴るロイを見つめて、エドワードは深呼吸した。
「聞いてるしわかってる。でも、今のロイなら一緒にいてもいい」
「・・・・・・・今もさっきも同じだ。私は好きな人と一緒に寝てなにもしないでいられるほど出来た人間ではないぞ」
「さっきは怖かったけど、今は怖くない。だから、いい」
ロイは黙ってまたハンドルを握り、トラックは敷地の隅に止まった。
頭を柵に向けて止めれば、誰が来ても側で覗き込まなければ車内は見えない。
「ほんとにいいのか?」
「いいってば。何度も言わせんなよ」
ロイは鍵を抜いてダッシュボードの上に放り投げた。それからドアをロックして、エドワードに向き直る。
「今度は途中で誰が来てもやめないぞ」
そう言ってエドワードの肩を掴んで引き寄せるロイの顔を見て、エドワードは素直に目を閉じた。
今度は怖くない。
だったら、自分もこの人が好きだ。
「ああ、そうか。じゃ夕方には修理は終わるんだな?」
ほっとしたようなロイの声にエドワードは目を覚ました。
「じゃ、その頃取りに行く。また連絡をくれ」
携帯を閉じて、ロイがこちらを見て笑った。
朝日がさすトラックの中のベッドで、ほとんど裸で二人で寝転んでいる。そう気がついてエドワードは慌てて毛布をかぶった。
恥ずかしすぎる。顔が見れない。
だがロイはそんなのお構い無しだ。毛布ごとエドワードを抱きしめておはようと囁く。その声が甘すぎて、エドワードは真っ赤になった。
「大丈夫か?どっか痛いところは?」
「大丈夫だから聞くな」
「聞かなきゃわからんだろ。さて、みんなが来る前にコンビニでも行ってくるか?腹が減った」
ロイが起き上がって拘束がとけて、エドワードも体を起こした。
口にできない場所が疼くように痛むけど、それを言うとなんだかロイが調子に乗りそうで言いたくない。
かわりに、エドワードは昨夜からずっと考えていたことを口にした。
「なぁロイ」
「なんだ?」
「オレさぁ」
ちょっと黙って整理して、エドワードはまた口を開いた。
「オレ、もうここに遊びに来るのやめるよ」
,