新しい風





寂しい気分のまま、日が過ぎた。

「今行ってる店、来週閉店なんだよ」
久々に家族の夕食に混ざったエドワードが言うと、トリシャの瞳がきらりと光った。
「どこのなんていう店?」
「えっと……隣の市だから、ちょっと遠いよ?」
「あらぁ、運転するのはお父さんだから私はかまわないわよ?で、何日なの?明日行ったらお店のチラシをもらってきてね」
「あ、うん」
わかった、と頷いたエドワードの隣で、アルフォンスが肩を竦めた。
「またどっか潰れるの?不景気だからかな、結構多いよね」
「多いのか?」
「うん。ほら小学校の側のお店、あれも去年潰れちゃったって。あと、隣駅の前にあったお店も」
「そういえば………」
子供の頃通った駄菓子屋や、おつかいで行った商店街の個人経営の店など、今はどこもたいていシャッターを降ろしたままだ。
「だって、大きなお店のほうが安いし、駐車場も広くて行きやすいわよ。それに、行けばそこでほとんど揃うとなれば、手間も時間も節約できるし」
トリシャがテーブルの脇に置いたチラシに目を向ける。郊外のショッピングモールの特売チラシで、明日の日付の特売商品にいくつか丸がしてあった。
「どこの家も車があるもの。ドライブついでに行く人もいるでしょうし、駐車場もない小さなお店はどうしても難しくなるんじゃないかしら」
「………そっか」
閉店する3店舗は店の建物も古く、商品は狭い棚にごちゃごちゃと詰め込まれていて、なにがどこにあるのかよくわからなかった。新しい大型スーパーと比べれば、やはり見劣りするのは確かだ。
「閉店売り尽くしセール、絶対行くわよ。ね?あなた」
笑顔で振り向く妻に逆らう度胸は、父にはない。エドワードは曖昧に笑いながら、味噌汁を飲んだ。
閉店セールにしか客が集まらないなんて、寂しいな。
お店の人はみんないい人ばかりなのに、それだけじゃダメなんだろうな。
はぁ、とため息をつくエドワードに、アルフォンスがカレンダーを見た。
「月末って土日だよね。ボク、ついて行ってみようかな」
「え」
「職場見学もいいかなって思って。ボク、運送会社の仕事ってまだよくわかってないし。ダメかな?」
「いいけど、朝早いぞ?大丈夫か?」
「平気だよ、部活で慣れてる。それに眠くなってうとうとしても、運転するのボクじゃないし」
楽しみだなぁ、なんて笑う弟に笑顔を返す。

最後の日。
一人じゃないなら、寂しさも少しは紛れるかもしれない。






「おはようございまーす!」
「やぁ、おはよう。元気がいいねぇ」
エドワードより先に大きな声で挨拶をしたのはアルフォンスだった。バイヤーはにこにこしながら兄弟を見て、側の箱からバナナを取る。
「朝食はちゃんと食べたかな?これ、デザートにでも」
「ありがとうございます!」
「ごめん、ありがとう」
バイヤーはうんうん頷きながら仕事に戻っていった。エドワードも受け取った仕分け表を見て、積み上げられた荷の検品を始める。合計数を見て、数を数えて、チェックをして。アルフォンスはそれを眺めながら、空き箱を引き寄せて座り込んだ。
「検品とか、お店でするんじゃないの?」
「うん。オレの便は朝早いから、まだ人が来てなくてさ。足りない人数で開店準備とかしてるから、検品する暇がないんだって」
「早朝の人を雇えばいいのに。って、そんな余裕があるなら潰れないか」
アルフォンスの何気ない言葉に、エドワードは返事に詰まった。
数日前から始まっている閉店セールで、店の中の商品はほとんど売れてしまっている。毎日仕入れる生鮮食品だけはこうして入荷があるけど、お菓子や雑貨、飲料や乾物などはすでに入荷をストップされていて、店内の棚はどれもがらんとしていた。
入荷があるといっても、もう数は少ない。特に今日は最後の日ということで、ほぼないに等しかった。通常通り営業している2店舗も、閉店セールに客を取られているので荷はとても少なくて、すぐに数え終えてしまった。
「よし、積むぞ」
「手伝うよ」
側に駆け寄ってきたアルフォンスと二人で、店舗別に分けながら荷を積んでいく。時間をかけたつもりだったのに、あっという間に終わった。時計を見ると、まだ出発するには早い時間。
「アル、コンビニ行こうぜ。時間が余った」
「やったー!奢りだよね?」
喜んでついてくる弟と、市場内にあるコンビニへと歩く。見回せばまだ明けない夜空に星が光っていて、その下でリフトが走り回っていた。何台ものトラックが並び、ドライバーが荷を積んだり下ろしたりしている。
この喧騒も、しばらくは見ることもなくなるのかな。
ふいにそう思って、寂しさに俯きそうになったとき。
「ボク、トラックの運転手さんって、運転するだけなのかと思ってたよ」
隣を歩いていたアルフォンスが話しかけてきて、慌てて顔をあげた。
「ほら、運転手さんだから。運転するだけなのかと」
「なんだよそれ。じゃあ荷はどうやって積むんだよ」
「それがイメージになかったんだよねー。トラックは荷物を運ぶものっていう認識はあるんだけどさ、それを積んだり下ろしたりするイメージがなくて」
「あー、まぁ確かに」
自分も、ロイと知り合うまではそんな感じだった。街を走るトラックを目にすることはあっても、荷を積んで運んでいるという実感がなくて。
「こんなふうに積んでるとか、考えたことなかったなぁ。数も数えてちゃんとチェックしてるとか、思わなかった。あれも全部数えるんでしょ?」
弟が指差したほうでは、たくさん並んだパレットに積み上げられた荷物の回りをドライバーらしき男が歩き回っていた。
「行き先とか、荷主にもよるけど。数えなくていいときもあるしさ」
そのドライバーは、数をチェックしているわけではなさそうだった。荷を見て、パレットを見て、トラックを見ている。
「あれは多分、積み方を考えてるんだよ」
積めるパレットの枚数には限度がある。あまりにも荷が多ければ、パレットから下ろして手で積んでいかなくては積みきれない。
パレットごと積めた場合でも、色々な道具を効果的に使わなくては崩れてしまう。パレットに荷を積み上げるのは市場で働く人たちの仕事で、彼らは実際にトラックで荷を運ぶことがない。なので、どう積むと崩れないかなどを考えてはくれない。指定された荷を指定された数だけ、行き先別にきちんと積む。気にしているのはそれだけだ。
「だから、崩れないようにとか、破損しないようにとか考えるのはオレたちの仕事なんだ。そのためにラッシングバーとかベルトとか、あとベニヤ板とか、いろんなものを使うんだよ」
ベニヤが足りなければ、空いたパレットで支えることもある。使えるものはなんでも使って、しっかりと補強しなくては、道は平坦ではない。揺れたり跳ねたりしているうちに、荷台の中が大変なことになってしまう。
「バランスも考えないといけないんだ。なるべく均等に積まないと、車が傾いたり余計跳ねたりして走りにくくなるし、荷物も崩れやすくなるんだ」
「ああ、たまに傾いたまんま走ってるトラックいるよね。怖くないのかなぁ」
そのとき、後ろのほうで大きな音がした。振り向くと、荷を運ぼうとしたらしいリフトが積み上がった荷物を崩してしまっている。散乱した箱から、玉ねぎが大量に転がり出ていた。周囲にいた数人が駆け寄って、それを拾い集めている。
「うわ………戻すの大変そう。手伝わなくていいの?」
眉を寄せるアルフォンスに、エドワードは首を振った。
「いっぱい集まってるから、大丈夫だよ。かえって邪魔になる」
「そっか。でも、あんな失敗もあるんだねぇ。あれって市場の人でしょ?リフト慣れてそうなのに」
「慣れてても失敗はするよ。あんなふうに崩すこともあるし、突き刺しちゃうこともあるんだ」
「突き刺すって」
笑い出した弟に、エドワードもつられて笑う。
「リフトの爪をパレットの穴に差し込むとき、しっかりその高さまで下げとかないと、その上に積んでる荷物にぶすっといっちゃうんだよ。すぐ止まればまだいいんだけど、勢いついてたら貫通するときもあったり」
「あはは!それ、中身がぐちゃぐちゃじゃん!」
崩したり突き刺したり、リフトでの破損事故は多い。玉ねぎなら固いので、落としたくらいでは大丈夫なのだが。
「トマトとかミカンとか、破損しやすいものだったら最悪だぞ?会社が弁償金を払って、そのあとその人の給料から引かれちゃうんだ」
「えー、仕事中のことなのに?」
「当然だよ。だからみんな、崩さないように必死に考えて積んでるんだよ」
「そうかぁ」
頷くアルフォンスを連れてコンビニに入る。出てきた頃には、散らばっていた玉ねぎはほとんど箱に戻されていて、数人がかりでパレットに積み直されているところだった。
「しんどい仕事なんだね、ドライバーって。もっと楽でのんきな仕事なのかと思ってた」
早朝から深夜まで、ときには寝ずに走ることもある。荷崩れや破損のリスクも常につきまとう。天候にも左右されつつ、それでも指定時間は守らなくてはならない。
「端から見てるのと実際その場に行って見るのとじゃ、全然違うね。ボク、ちょっとトラックに対する見方が変わったかも」
いいほうに変わったなら、嬉しいな。エドワードは笑って、行こうか、とトラックのドアを開けた。

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