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目覚ましは何ですか





「眠い~」
必死に目を開いてハンドルを握りしめ、ライトに照らされた前方に意識を向ける。
時刻は真夜中、3時を回ったあたり。エドワードの運転する2トン車は、轟音を立てる大型や中型トラックに混ざって国道を走っていた。
「ねーむーいー!」
誰にともなく怒鳴ってみる。もちろん応える声はない。

深夜走ることが多いロイの会社で働いていて、こんな時間に仕事をすることには慣れていると思っていた。
けれど、エドワードはまだ運転に慣れたとはいえない。一人で積んで一人で下ろすことも今まではなかった。気をつかい体力を使い、疲れ果てて走る夜道がこんなに辛いとは知らなかった。
「……あ、そうだ。ラジオでも聞けば目が覚めるかも……」
手探りでスイッチを入れてみるが、聞こえてくるのは雑音だけ。どうやら電波の入りが悪いらしい。
諦めてスイッチを切り、また手探りでコーヒーの缶を手に取る。前方から目を離すことは、まだ怖くてできない。
飲みかけのコーヒーに口をつけながら、通り過ぎる町並みを見た。
「えーと…あと30キロくらいかな」
コーヒーをホルダーに戻し、よし!と声に出して気合いを入れる。
あと少しだ。頑張れ自分。


「お疲れさまー、エドワードくん」
事務所に戻った頃には、夜が明けかけていた。出勤してきたばかりらしいフュリーが、エドワードを見て笑顔で手を振る。
「どうだった?」
「…………眠い……」
おぼつかない足でフュリーについて行き、開けてくれたドアから事務所に入る。そのままふらふらと奥へ行き、来客用ソファーに倒れ込んだ。
「エドワードくん、日報書いて伝票出さなきゃ」
「……うん」
日報は自分が出勤して仕事をしたという証明。それをきちんと提出しなければ給料にはならない。タイムカードのないこういう会社では、日報は大事な書類だった。
「すぐ書かないと、帰社時間とか曖昧になっちゃうよ?」
「うん………」
わかってる。わかってるけど。
フュリーが苦笑しながら毛布をかけてくれるのが、気配でわかった。
それへ礼を言おうとしたけれど、口から出るのは意味不明な声だけ。






騒がしさに目を開けると、視界いっぱいにロイの顔があった。
「うわぁぁ!」
飛び起きたエドワードに、ロイが不満そうな顔をする。
「恋人の顔を見て悲鳴をあげるとはどういうことだ」
「こ、ここ会社だもん!今は社長だろ!」
「社長を見て悲鳴というのも、部下としてどうなんだ」
起き上がりかけたエドワードをひょいと抱き上げて、ロイはそのままソファに座った。
「エド、大丈夫か?」
「無理しないで寝てなさいよ」
まわりから声がかかり、そこでようやくエドワードは社員の皆がそこに集まっていることに気がついた。
帰ってきた者、これから出る者が入り乱れる今は、事務所が一番活気づく時間だった。
「……あー、もう10時なんだ……」
目を擦って欠伸をして、リザが差し出すコーヒーを受けとる。ロイも、当然のようにエドワードを膝に抱いたままそれを受け取った。
「つか降ろせよ、恥ずかしいじゃんか」
「嫌だ」
コーヒーを口にする仕草も表情も大人そのものなのに、なぜセリフはこんなに子供っぽいんだろう。
諦めたエドワードは、向かいに座っていたブレダを見た。
「なぁブレダさん。眠いときって、みんなどうしてんのかなぁ」
「ん?」
「オレ今朝、すんげぇ眠くて。ラジオも入んねぇとこ走るし、どうやったら目が覚めるかなって」
新聞から目を上げて、ブレダが考える顔になる。
「そうだな……オレなら、なんか食うな」
「食べてると目ぇ覚めんの?」
「まぁな。煎餅とかばりばりやってたら、わりとはっきり目が覚める」
「いやいやエド、こいつの真似はダメだって」
ハボックが笑って片手を振った。
「あっという間にミニブレダになるぞ」
み、ミニブレダ……。
想像してから首を振り、それじゃあとハボックを見る。
「ハボックさんはどうしてるの?」
「窓全開でヘビメタがんがんかけて、ひたすらタバコをふかす。これでどうにか、」
「病気になるからやめなさい」
リザが割って入り、ハボックを押し退けた。
「この人の真似もしちゃダメよ。耳か肺か、どっちかすぐに悪くなるわ」
そんな気がする、と頷いて、じゃあリザさんはとそっちを見る。
「好きな曲をかけて、一緒に歌うとかどうかしら。歌詞を追ってたら目が覚めるわよ」
歌詞を必死に追ってたら、今の自分では運転が疎かになりそうだ。
悩むエドワードの後ろで、ファルマンが頷いた。
「私もよく歌ってますよ。目が覚めますよね、あれは」
「おまえのは演歌だろー?エドくらいの奴なら、洋楽とかじゃねぇのか?」
笑うブレダの横で、フュリーが手を上げた。
「ボク、眠くなったら停まって休憩します」
全員がフュリーを見る。
「体操とかしたり、コンビニがあったらちょっと買い物したりすれば気分転換にもなって……てなんでみんなこっち見るんですか」
「そんな教科書みてぇなこと聞いてねぇんだよ」
「休憩する暇がある奴は黙ってろ」
ハボックとブレダがフュリーを小突く。ひどい、と呟くフュリーを放置して、ロイがソファに背を預けた。
「まぁ、しかし。究極に眠いときは、アレしかないな」
「アレは目が覚めますよね」
「うん、アレは効く」
頷くみんなを見て、エドワードは期待に溢れた目をロイに向けた。
「アレってなに?」
「………いや…………」
言い澱むロイが目を逸らす。
「きみには、してほしくないんだ。傷でも残ったら……」
「き、傷?」
驚くエドワードに、ハボックも頷いた。
「オレもリザさんがやるのは反対だな。いくら自分でやるっつっても……」
「あら、たまにやるわよ。どうしてもダメなときなんか」
そんな危険な技なんだろうか。しかしリザは当たり前といった顔で、こちらに笑顔を向けてくる。
「どうしてもってときは、やってみてもいいかもね」
「えっと……いったい、どんな…………」
怯えつつ聞いたエドワードに、答えたのは意外にもフュリー。
「自分ビンタだよ」
「じぶん……ビンタ?」
なんだそれ。
真ん丸な目になるエドワード。それを見て、ブレダが持っていたコーヒーと新聞を置いた。
「運転しながら、こうやるんだよ」
言いながら、そばのハボックの頬を平手打ち。
「いってぇ!てめぇ、実演すんなら自分の顔でやれよ!」
「こうやってな、」
ハボックの抗議が聞こえないらしいブレダは、表情も変えずにエドワードを見る。
「走りながら、自分のほっぺた張るんだよ。起きろコラ、とか怒鳴りながらだとさらに効果がある」
「……………………はぁ」
確かに、効果はありそうだが。
だが、頬を叩くとき反射的に目を閉じてしまいそうな気がする。一瞬でも前方から目を離すのは怖いのに、閉じてしまうなんて論外だ。
目を見開いたままビンタする練習をするしか、と悩んでいると。
「ダメだ!エドワードの顔に痣でも残ったらどうするんだ、いやそれでも私の愛は変わらんが!」
いきなりきつく抱きしめてくるロイの頭をぐいぐい押し戻しながら、考える。
そこまでして走らなきゃならないこの仕事って、やっぱり過酷なんだなぁ。
「あ、でも冬だったらアレも効きますよね」
思い出したようにファルマンが言った。
「私、雪が降る日にやりましたよ。両側の窓を全開にして、上半身裸で走るアレ」
裸で。しかも雪の日。
「おー、アレはいいよな。気合いが入るっつうか」
同意するブレダ。
「オレ、それやって伝票全部飛んでったことあんだよ。書類はどっかにしまってからじゃなきゃダメだな」
真面目な顔で言うハボック。
「男はそれができていいわよね…私も、水着だったらできるかしら」
真剣に考えこむリザに、ハボックが真剣に首を振る。
「夏なら、気持ちよくて目が覚めるかもだよね」
ビンタをするよりはそっちのほうが。
そう言いかけたエドワードの肩を、ロイががっしり掴んだ。
「ダメだ」
「でも、」
「絶対ダメだ」
「けどオレ、男」
「ダメったらダメだ。やるなら私が一緒のときにしなさい」
「………………」
あんたの目の前で裸になるほうが、運転中に目を閉じるよりよっぽど危ない気がするんだけど。



「あ、エドワードくん」
出発の準備をしていたリザが、寝直そうと毛布を直していたエドワードのそばに戻ってきた。
「眠くて眠くて仕方がないときはね、」
そう言って、リザはちらりとロイを見る。エドワードから引き剥がされたロイは、不機嫌な顔でパソコンに向かっていた。
「電話をしなさい」
「電話?」
「誰でもいいわよ。ひとことでもふたことでも。誰かと話すと、それだけで気分が変わって目が覚めるわ」
「……なるほど」
一人きりで何時間も走り、どうかすれば一日まったく誰とも口をきかないで過ごすこともある運転手にとって、誰かと話をすることはそれだけで充分な気分転換になる。
「ビンタしたり半裸になったりするよりは、平和的じゃないかしら」
「でも、みんな仕事してたり寝てたりするじゃん。かけにくいっていうか……」
「あら。大丈夫よ、私でもジャンでも、いつでもかけてくれていいのよ。ていうか、」
くすくす笑うリザに、その先がなんとなくわかったエドワードが赤くなった。
「24時間365日、いつでも絶対歓迎してくれる相手が、あそこにいるじゃない」
「………………」
視線の先では、ロイが頬杖をついて液晶画面をぼんやり見ている。
「……あいつにかけると、なかなか切ってくんねぇんだもん……」
「そんなの、あなたがさっさと切っちゃえばいいんじゃない?」
「………………オレからは、………」
もごもご呟くエドワードに笑って、リザは事務所を出ていった。

一人きりでいるときに、声を聞いたら嬉しくなる。

ずっと聞いていたくて、ずっと話していたくて。

だから自分から切るなんて、できない。

「エドワード、寝ないのか?」
「いや、うん。寝る」
ロイが自分を見て笑う。

今夜眠くなったら、電話してみようか。

そう思った自分が照れ臭くて、エドワードはごまかすように急いで毛布にもぐりこんだ。




END,
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