はじめまして、相棒





数日後。
会社の駐車場に、ぴかぴかのトラックが入ってきた。
事務所から飛び出たエドワードに、運転してきたヒューズが笑う。
「なかなか調子いいぞ。乗ってみるか?」
「いいの?」
「いいもなにも、おまえの車だぞ」
真っ黒に塗装されたボディと、真っ赤なマーカー。まわりにいる大型車たちと同じ姿の小さなトラックに、エドワードはいそいそと乗り込んだ。それを見て事務所から他の社員たちが出てくる。
「ちっせえなぁ」
「いや、2トンだからこれが標準ですよ」
「新車じゃねぇの?ぴっかぴかじゃんか」
「後ろ開けてみようぜ」
皆トラックは見慣れているし乗り慣れているはずだが、それでもやっぱり新しい車には興味津々らしい。小さな車は横も後ろもキャビンのドアまで全開にされ、皆の注目を一身に浴びている。
「エンジンはどう?」
「ああ、快調だよ。へんな癖もついてねぇ。ほんとにこれ中古なのか?」
リザとヒューズが車を見ながら話しているのを聞いて、ハボックが隣にいたブレダを見た。
「買ってほとんど使ってなかったらしいぜ。新車とおんなじだよな」
「へぇ?まぁ、新しいのを安く買えたんならラッキーてもんだよな」
頷くブレダに、後ろの箱の中からフュリーが出てきて笑顔を向けた。
「2トン車なんて初めてですけど、意外に広いですね!」
「ああ。匂いもねぇな、洗う必要もなさそうだ」
「匂い?」
運転席に座っていたエドワードが振り向いた。
「匂いって、どんな?」
「積むもんにもよるけどよ」
答えたのはハボック。
「魚とか肉とか積むと、その匂いが染み付くんだよ。それにこれしばらく使ってなかっただろ。箱閉めきって放置すっと、カビ臭くなることが多いんだ」
「カビ……」
「大丈夫、匂わねぇから。多分積み荷は生鮮じゃなかったんだろ」
エドワードは車の匂いを嗅いでみた。キャビンはクリーニングされたのか、新車特有の匂いがしている。タバコの匂いもヤニもなく、灰皿を見ると未使用なようだった。
「きれいな車だよ。掘り出しモンかもしんねぇぜ」
ヒューズがリザに言う。
「エドの練習用にゃ、ちともったいねぇかもな」
練習用……。
エドワードはハンドルに向き直った。
小さくても、運転の仕方は他のトラックと同じ。装備に違いはあるが、普通車しか運転したことのない自分がトラックに慣れるのにちょうどいいかもしれない。
ブレダが手を伸ばしてきて、キーを捻った。即座に反応して唸り始めるエンジンは、ヒューズが言う通り絶好調なようだった。
「エド、取説見とけよ」
「と、取説」
言われてダッシュボードにある扉を開けるが、中にはなにもない。
「あれ?」
「そこは狭くて入んねぇよ。座席のほう、ねぇか?」
「座席……?」
不思議そうな顔のエドワードに、助手席側から乗ってきたファルマンが苦笑した。
「ほら、ここ」
助手席と運転席の間には、皆がボックスと呼ぶ大型車と同じテーブルのようなものがついていた。それをファルマンがぱかっと開ける。そこに、車検証や取扱説明書などが入っていた。
「あ、そっか。これがついてたんだ」
「古い車だとベンチシートなんだけどね。最近は小さいトラックでも装備がいいねぇ」
頷いたファルマンは取扱説明書を取り、その下にあった車検証も取った。
「車検証には車の大きさも記載されてるからね。幅と長さ、あと高さも頭に入れておかないと」
「高さ…」
「普通車より背が高いから、通れないところもあるんだよ。横断歩道や線路の高架下、あと田舎のトンネルとか。たいていどこにも高さ制限が書いてあるから、入れるか入れないか判断しなきゃならない。高さが足りない場所は迂回するしかないからね」
「そっか」
頷いて、ファルマンから車検証を受け取る。記載されている数字を眺めるが、実感がわかなかった。
「乗ってりゃそのうち慣れてくるさ」
運転席の横に立ったブレダが笑った。
「横幅や長さは、感覚でわかってくるもんだ。ただ、高さは見えねぇ分わかりにくいからな。低そうな場所では高さ制限の標識に注意しとけよ」
「そうそう。あれがわかんねぇ奴が、高架だの横断歩道だのにぶつけて屋根に大穴あけたりすんだよ」
ハボックが頷いて、2トン車の屋根を見上げた。
「まぁ、こいつちっせぇからな。たいていの場所は通れるんじゃねぇか?」
「そうだな」
二人の会話を聞いて、エドワードはふと不安になった。もしも高さが足らない場所に出て通れないと気づいたら、どうしたらいいんだろう。
「そりゃ、どうにか向きを変えるしかねぇなぁ」
ブレダの答えに、ハボックが笑い出した。
「知り合いでさ、渋滞避けて近道しようと山道入った奴がいてさ。そしたらその先のトンネルが高さ2メートルちょいしかなくてよ。入れねぇし道が狭くて向きも変えらんねぇしで、立ち往生しちまったんだってよ」
4トンでも高さは3メートル以上ある。長さは8メートル。大型なら10メートルは軽く越える。そんな車で立ち往生なんて、自分なら死にたくなる。
「その人、どうしたの?」
同情をこめて聞くエドワードに、ハボックはまたくすくす笑った。
「後ろから来た車のおっさんが先導と交通整理してくれて、向きが変えれるとこまでバックしたらしいぜ。数百メートルくらいだったらしいけど、えらい疲れたとか言ってた」
けらけら笑うハボックの話を聞いて、他の皆も同じように笑う。
けれどエドワードは笑えない。高さ制限はその場まで行かないと表示されていないことが多く、いざ行って通れないとなっても自分は狭い道をバックで戻るなんて神業はできないに違いない。
「オレ、そうなったらどうしよう…」
皆が小さいと言う車は、自分にとっては今まで運転したどの車よりも大きい。
浮かれていた気分が急速に沈んでいくのを感じて、エドワードはハンドルを握ったまま俯いた。
「…大丈夫だよ」
顔をあげると、ブレダを押し退けてロイが隣に立っていた。
「そんな低い高架なんてめったにない。国道や大きな道を走れば大丈夫だ」
「……そう、かなぁ…」
「知らない狭い道を走るときは、対向車を見ればいい。大型や中型の箱車が来ていれば、その道は通れるということだ」
「うん…」
「通れないくらい狭かったり低かったりする道は、トラック通行禁止の標識があるはずだ。2トン車にその標識は関係ないが、慣れないうちはそういう道を避けて広い道を走りなさい」
不安げに頷くエドワードに、ロイはため息をついた。
「やっぱり心配だ。きみはやはり私と一緒にいたほうが…」
「ダメです」
呟くロイに、すかさずリザが反応する。
「社長、いい加減にしてください。エドワードくんを一人前にする気はないんですか?」
「ない」
間髪入れずにきっぱり言うロイに、エドワードもため息をつく。
「いや、ロイ。オレ一人前になるためにこの会社に入ったんだけど」
「ほら、一人前になれないなら他の会社に行っちゃうってエドワードくんも言ってますよ」
「いやそこまで言ってない」
「エドワードくんがよそに行っちゃってもいいんですか?女王なんか両手広げて待ってると思いますけど」
エドワードの言葉が聞こえているのかどうか。リザは眉を寄せて悲壮な顔のロイに追い討ちをかけていく。
「そんな。あんな変態のところに行かせるわけには…」
頭を抱えるロイの向こうで、ヒューズが遠い目をしてぽつりと呟いた。
「…五十歩百歩って、こういうとき使う言葉だよなぁ…」
それを聞いたハボックがブレダを見る。
「五十…なに?」
「どっちもたいして変わんねーよ、って意味だ」
「ああ、なるほど」

苦悩するロイを遠巻きにする皆に、エドワードは深く息をついてシートにもたれかかった。

どうなるんだろう、これから。

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